壁面の色彩と空間の見かけの広さとの関係

1. 研究背景

人間は一日のうちの多くの時間を壁で囲われた室内で過ごす。室内での過ごし方は多岐にわたり、それぞれのケースで快適に過ごすためには、部屋の利用用途によって適した室内環境を整えることが重要だと考える。そこで、室内環境を構成する要素のうち「空間の広さ」に着目し、室内において占める割合が多く空間の中で印象に大きな影響を与える壁の色を操作することで、色の進出効果・後退効果により室内空間の見かけの広さを調節し、利用者にとっての最適な空間を演出できないだろうかと考えた。近年、容易に貼ってはがせる壁紙が流通しており、賃貸アパートなどでも本来の壁を傷付けずに壁紙を貼ることが可能となっているため、比較的手軽に模様替えをすることによって部屋の印象を変え、利用者や用途によって適した室内環境を演出できると考えられる。

室内空間において壁面の色彩がもたらす効果についての研究は多くある。須田ら1)は、色彩が空間認知に及ぼす影響について縮尺模型を用いた実験を行った。その結果、彩色した空間の認知特性を明らかにし、広さやボリュームのイメージは色彩効果と彩色部位からの圧迫感の影響を受けると述べた。近藤ら2)は、家具などを設置した実際のリビングと近い環境の縮尺模型を用いて実験を行い、壁面の色彩とフローリングの変化が印象評価と見かけの大きさに与える影響について分析した。

しかし、縮尺模型を用いた実験では、空間の広さの測定を2次元的に評価しているものが多く、実際の空間と同等のスケール感による体験は得難かった。また、過去に仮想環境技術を用いた実験も行われている3)が、作成された空間を体験した後に被験者の感覚をアンケートで評価を行う実験が多く、仮想環境内で被験者の感覚量を定量的に測定する実験は少なかった。そこで本研究では、仮想環境内で空間の見かけの広さを定量的に測定し、壁面の色彩が空間の広さの感覚に与える影響を検証した。

2. 研究目的

本研究では、没入型仮想環境を用いた被験者実験を行い、壁面の色彩が室内の見かけの広さに与える影響を検証した。実験結果の定量的な分析をとおして、室内空間の見かけの広さを任意に操作し、快適な空間を演出するための知見を得ることを本研究の目的とする。

3. 実験Ⅰ

3.1. 実験概要

被験者は健康な大学生10名とし、千葉大学工学部10号棟215教室で実験を行った。被験者はヘッドマウントディスプレイ(HTC-VIVEProEye/HTC社)を装着し、VRソフトウェア(Vizard6.0)を用いて構築した仮想環境を体験した。実験では「基準空間」として四方を白色の壁面に囲まれた居室を、「色彩空間」として壁面を彩色された居室を作成し使用した。色彩空間は、コントローラの操作によって被験者と壁面との距離が変化し、空間の広さを任意に調節できるようにした。

被験者にはまず、ヘッドマウントディスプレイを介して基準空間を提示し、その広さを記憶させた。その後色彩空間を提示し、記憶した基準空間の広さと同じ広さだと感じるまで壁面距離を調節させた(図1)。調整後の壁面距離を比較することによって、色彩空間における壁面の色彩の違いが、空間の広さの感覚量にどのような影響を及ぼすのか検証した。

空間の見かけの広さの測定については、まず、居室中央に位置する被験者と壁面の距離(以下、壁面距離とする)を測定した。そして、実験本番で得られた各被験者の白色条件の測定値を平均した値をその被験者の基準値として設定し、実験で得られた測定値から各被験者の基準値を引いた値を空間の広さの感覚量として定義し、空間の見かけの広さを定量化した。

3.2. 実験条件

実験では、3つの空間(基準空間、待機空間、色彩空間)を構築した。

 基準空間は、図2のような四方の壁が白色の室内空間とした。基準空間の広さは、平均的なリビングの広さである25m2(幅5000㎜×奥行5000㎜)とし、天井高は2500mmとした。壁面距離は2.5mであり、一般的なリビングを想定して天井は白色、床はベージュに着色した。

 待機空間は、図3のような壁と天井が無く、床のみが広がる空間とした。基準空間と色彩空間を移動する際には、直前に体験した空間での空間の広さのフィードバックを与えないようにするために待機空間を毎回挟むようにした。

 色彩空間は、図4のように壁面の色彩を変化させた室内空間とした。被験者は手に持ったコントローラを操作して任意に壁面距離を変動させ、空間の広さを自由に調節することができる。いずれの条件においても天井高は2500mmに統一した。色彩空間の色彩は赤、黄、緑、青、灰、白の6条件を設定した(図4)。一般に、暖色の赤、黄は進出し、中間色の緑は同じ位置に、寒色の青は後退するとされている。

また、本実験において色彩空間の壁面の初期位置は、基準空間における壁面距離2.5mよりも大きい4.0mに設定した。被験者が色彩空間に移動した際には、基準空間よりも広い状態から壁面距離を調節することになる。

3.3. 実験手順

まず、被験者に実験の手順を説明する。被験者にヘッドマウントディスプレイを装着させ、壁面距離を調整するためのコントローラを手に持たせた。その後、実験条件ごとに①~⑦の手順で試行を繰り返した。

実験は、練習3回と本番6回を1セットとして、計3セット行った。被験者には1セットごとに休憩の要否を聞き、必要に応じて休憩できるようにした。

被験者を基準空間の中央に配置する。

周囲を見渡し、基準空間における壁面距離2.5mを12秒間で記憶させる。

待機空間に転送し、8秒間待機させる。

被験者を色彩空間の中央に転送する。

記憶した基準空間の広さと同じになるように、被験者に色彩空間での壁面距離を調節してもらう。

壁面距離の調整が完了したら被験者に口頭で合図をしてもらう。

待機空間に転送し、10秒間待機させ、次の実験条件の手順①に進む。

図1 実験手順

図2 基準空間の様子

図3 待機空間の様子

図4 色彩空間の様子

3.4. 結果

被験者10人の基準値を表1にまとめた。各被験者の基準値を見るとばらつきが見られ、被験者ごとに空間の広さの感覚に特徴があることが分かる。基準値が基準空間の壁面距離2.5mよりも大きい値となった被験者は、実際よりも空間を広く見積もる傾向があり、基準値が基準空間の壁面距離2.5mよりも小さい値となった被験者は、実際よりも空間を狭く見積もる傾向があると言える。測定した基準値の平均は2.46mであり、誤差は0mにはならなかった。

基準値をもとに各条件での空間の広さの感覚量を測定した。被験者10人で行った実験Ⅰの結果を図5に示す。被験者10人の空間の広さの感覚量の平均を見ると、赤が+0.15m、黄が+0.06m、緑が+0.02m、青が+0.02m、灰が-0.12m、白が-0.01mであった。被験者平均では、赤・黄が正の値、緑・青・白は限りなく0mに近い値となり、灰は負の値となったため、赤と黄は進出し、緑と青と白は同じ位置に、灰は後退したと判断できる。

空間の広さの感覚量について色彩条件を要因としたBonferroni法による多重比較検定を行ったところ、赤と灰、赤と緑、赤と白、黄と灰、緑と灰、青と灰の間で有意差が確認された(p<0.001, p=0.0385, p=0.0034, p<0.001, p=0.0293, p=0.0245)。さらに、赤と青の間で有意傾向が見られた(p=0.0541)。

また、基準条件と同じ配色である白色条件を対照群とし、空間の広さの感覚量について色彩条件を要因としたWilliams法による多重比較検定を行ったところ、赤と青、灰に有意差が確認され、赤と青は白より進出し、灰は白より後退したことが分かった

3.5. 考察

実験Ⅰの結果より、室内空間において赤に進出効果が見られ、実際よりも空間が狭く感じられたことが分かった。実験後の被験者の感想によると、ほとんどの被験者が赤色条件において赤に強い刺激を感じ、壁面距離を調節する際に壁面が迫ってくる感覚を得ていた。

黄色条件では、白との間に有意差は見られず、色彩の進出効果は確認できなかった。しかし、被験者ごとの実験結果を見ると被験者8人は正の値であったため、黄色は進出傾向にある可能性があると考えられる。負の値となった被験者2人は黄色条件に広がりを感じたと述べており、これは明度の高さの影響によるものと推測される。

緑色条件では、やや進出傾向にあるが進出も後退もしない中間色の特徴が見られ、空間の見かけの広さへの影響はほとんど見られなかった。

青色条件では、室内空間において進出効果があることが分かり、一般に確認されている色彩効果とは反対の結果となった。実験後の被験者の感想によると、被験者によって色への印象が大きく異なることがわかった。被験者bと被験者cは青色に「広がり」や「奥行き」を感じていたのに対し、被験者aと被験者dは青色を「圧迫感」があり刺激のある色と捉えていた。被験者によって違いが生じたのは、被験者ごとの特性によるものだとも考えられるが、仮想空間内での居室の見え方と現実空間での居室の見え方の違いによって生まれた差異である可能性があると考えられるため、仮想空間と現実空間における色彩の感覚の違いについて詳細に調査する必要がある。

灰色条件では、6条件の中で最も後退し、空間が実際よりも広がって見えるという結果となった。灰色は建築材料であるコンクリートを想定した色彩であり、被験者は圧迫感を感じるのではないかと予想していたが、実験後のアンケートによると灰色は他の色よりも親しみを感じやすく、壁が近づいてきても実際よりも広がっているように感じる被験者が多く、刺激を感じにくい傾向があった。実験では色彩のみを条件としており、壁面のテクスチャは考慮していなかったため、コンクリートが持つ印象は実験結果に反映されなかったと考えられる。

表1 各被験者の基準値

図5 各色彩条件における空間の広さの感覚量の比較

4. 実験Ⅱ

4.1. 実験概要

被験者は健康な大学生10名とし、千葉大学工学部10号棟215教室で実験を行った。実験Ⅱでは、着色する壁面の数を実験Ⅰの四面から一面に変更し、居室の一面のみ着色した場合において、壁面の色彩の違いが空間の広さの感覚量にどのような影響を及ぼすのか検証した。実験Ⅰとの比較をするため、実験手順と条件とする色彩は実験Ⅰと同様とした。

4.2. 実験条件

実験Ⅱでは、色彩空間で着色する壁面の数を実験Ⅰの四面から一面に変更した。居室の全面ではなく一面のみ壁紙を変更することで、より手軽に部屋の広さの印象を変えることができるのではないかと考えた。各色彩空間の様子は図6のとおりである。

図6 色彩空間の様子

4.3. 実験結果

被験者10人の基準値を表2にまとめた。各被験者の基準値を見ると、被験者ごとにばらつきが見られ空間の広さの感覚が異なることが分かった。特に、被験者jは最も誤差が大きく出ており、他の被験者よりも空間の広さの感覚が大きい傾向だった。被験者によって空間の広さの感覚に違いが見られたが、測定した基準値の平均は2.49mであり、誤差は0mに非常に近かった。

基準値をもとに各条件での空間の広さの感覚量を測定した。被験者10人で行った実験Ⅱの結果を図7に示す。被験者10人の空間の広さの感覚量の平均を見ると、赤が+0.07m、黄が±0.00m、緑が±0.00m、青が+0.06m、灰が-0.04m、白が±0.00mであった。被験者平均では、赤・青が正の値であり、黄・緑・白は0mであり、灰は負の値となったため、赤と青は進出し、黄と緑と白は同じ位置に、灰は後退したと判断できる。

空間の広さの感覚量について色彩条件を要因としたBonferroni法による多重比較検定を行ったところ、どの条件間においても有意差は見られなかったが、赤と灰の間で有意傾向が見られた(p=0.0886)。

また、白色条件を対照群とし、空間の広さの感覚量について色彩条件を要因としたWilliams法による多重比較検定を行ったところ、赤に有意差が確認され、赤は白より進出したことが分かった。

4.4. 考察

実験Ⅱの結果より、赤色条件では室内空間において進出効果があり、実際よりも空間が狭く感じられたことが分かった。実験後のアンケートによると、実験Ⅰと同様に多くの被験者が赤に刺激を感じ、壁面距離を調節する際に壁面が迫ってくる感覚を得ていた。

黄色条件と緑色条件では、着色した壁面が進出も後退もせず、見かけの空間の広さに影響をほとんど及ぼしていないことが示唆される。壁面距離を調節する際に基準空間と色彩空間の比較を行いやすいと感じる被験者が多く、壁面の色彩が空間の広さの感覚量に与える影響が小さかったことが伺えた。

青色条件では、空間の広さの感覚量の平均では進出傾向があるが、有意差は認められなかった。実験Ⅰの結果と比較すると、実験Ⅱの方が空間の広さの感覚量が大きく、四面を着色した場合よりも一面を着色した場合の方が、空間が狭く感じられたことが分かった。これは、両隣の白色の壁面との比較によって着色した面からの圧迫感が強くなり、空間が実際より狭く感じられたのだと考えられる。また、実験後の被験者の感想によると、緑色条件と似たような空間の広さだと感じた被験者が5人であり、緑と青を寒色として同一視される傾向が見られた。

灰色条件では、空間の広さの感覚量の平均を見ると後退傾向が見られ、赤より後退したことが分かった。実験後のアンケートによると、灰色条件は他の条件より印象に残らない傾向にあり、被験者が自覚して体験できる空間の広さの感覚にはあまり影響しなかったと考えられる。

実験Ⅰの結果と比較すると、青色条件を除くすべての色彩条件において、空間の広さの感覚量の絶対値が小さくなる傾向が見られた。これは、着色する壁面数が減ったことにより、色彩から与えられる色彩効果の影響力が小さくなったためであると考えられる

表2 各被験者の基準値

図7 各色彩条件における空間の広さの感覚量の比較

5. まとめ

本研究では仮想環境技術を用いて2つの被験者実験を行い、壁面の色彩が見かけの空間の広さに与える影響について検証した。実験Iでは、居室の四面を着色した場合に、赤と黄と青は空間が実際よりも狭く感じられ、緑はほとんど影響せず、灰は実際よりも広がりを感じられることが分かった。実験Ⅱでは、居室の一面のみを着色した場合に、赤と青は空間が実際よりも狭く感じられる傾向があり、黄と緑と灰は空間の広さの感覚量にほとんど影響を及ぼしていないことが示唆される。

また、実験Ⅰと実験Ⅱを比較すると、居室の着色面は四面よりも一面のみの方が空間に及ぼす色彩効果の影響が小さくなる傾向があることが分かった。本研究では、壁面の色彩と着色面を操作することによって室内空間の見かけの広さを任意に操作し、快適な空間を演出するための知見が得られた。しかし、本研究で取り扱った色彩や着色する壁面のパターンは限られているため、今後はより多くの条件下で実験を行い、室内空間において壁面の色彩が与える影響を調査する必要がある。

参考文献

  1. 須田眞史,初見学:色彩が空間認知に与える影響:空間の認知構造に関する研究,日本建築学会計画系論文集59(463),99-106,1994
  2. 近藤岳弘, 柳瀬亮太:リビングの壁面色彩とフローリングの変化が印象評価と見かけの大きさに及ぼす影響, 日本建築学会技術報告集, 24(57), 747-750, 2018
  3. 阿部楓子, 庄怡, 玉置淳,山本早里:VR空間を用いた印象評価実験による居室の目的に適した壁紙の色と模様に関する研究, 日本色彩学会誌, 44(3+), 229, 2020