森岡 泰地
信号の表示方式が待ち時間の評価に与える影響
信号の表示方式が待ち時間の評価に与える影響
1. 研究背景
都市部の交差点において、歩行者の安全確保に加え、信号待ち時間における快適性向上は重要な課題の一つである。Maister 1)は、「不確実な待ち時間」は「既知の待ち時間」よりも長く感じられるとし、情報の提示が心理的負担を軽減することを示唆している。したがって、信号待ち時間の提示効果を検討することは、快適性向上および信号無視抑止の観点から、質の高い歩行環境整備において重要である。
先行研究では、主に「行動変容」や「満足度」の側面から信号の待ち時間情報の提示による効果が検討されてきた。例えば、Keeganら2)やLimanondら3) は、カウントダウン表示の導入が歩行者の信号無視率を低下させ、待ち時間の許容度を向上させることを報告している。カウントダウン表示の効果については、国内の研究においても、横関ら 4)は横断判断の迅速化、大橋ら 5)はストレス感の軽減につながることを報告しており、情報の可視化が歩行者にポジティブな影響をもたらすことは明らかである。一方で、進行ゲージなどの非数値表示に関しては、横関ら4)が具体的な残り時間の把握の困難さを、藤田ら6)が車両用信号における予測発進のリスクを指摘するなど、表示方式による効果の差異については議論の余地が残されている。
以上の先行研究の多くは、信号無視率やアンケート評価といった「結果としての行動・評価」に焦点を当てている。しかしその背後にある主観的な時間経過(感覚時間)に対して、表示方式の違いがどのような影響を与えているのか、その認知的なメカニズムまでは未だ十分に解明されていない。すなわち、歩行者は時間が短く感じたから赤信号を待つことができたのか、あるいは時間の長さ自体は変わらないが、終了時点の予測がついたために待ち時間を許容できたのか、その歩行者の内的な知覚プロセスについては依然として不明な点が多い。また、実際の交差点では、信号機だけでなく通過車両などの交通環境も歩行者の注意や時間知覚に影響を与えると考えられるが、表示方式と環境要因の相互作用に着目した研究は乏しい。
そこで本研究では、体験した時間を再現させる手法を用い、信号の表示方式および交通環境が歩行者の時間知覚に及ぼす影響を定量的に検証することを目的とする。物理的な待ち時間とは異なる主観的な時間感覚に着目することで、視覚情報が時間評価に与える影響を、心理的な負担感の観点から考察する。
2. 研究目的
本研究では、歩行者用信号の表示方式の違いが、赤信号待ち時の歩行者の主観的な時間知覚に及ぼす影響を明らかにする。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を用いた没入型仮想環境内において、異なる表示方式の信号を提示し、交通量の有無を含む多様な環境下で時間再生課題を実施する。これにより、各条件下における主観的な感覚時間を定量的に測定する。実験結果の分析を通して、視覚情報や環境要因が時間評価に及ぼす影響とその機序を考察する。本研究で得られた知見を基に、信号待ち時の心理的負担を軽減するための信号設計指針を提示し、安全性だけでなく快適性をも考慮した都市空間の設計への貢献を目指す。
3. 研究方法
本研究では、没入型仮想現実環境技術を用いた実験手法により、信号の表示方式および交通環境が歩行者の主観的な時間知覚に与える影響を検証する。実験環境の構築にはVRソフトウェア(Vizard 8.0/WorldViz社製)を使用し、仮想空間の提示にはHMD(HTC VIVE Focus Vision/HTC社製)を用いた。実験参加者にはハンドコントローラーを持たせ、操作入力のために使用した。 時間知覚の測定には、体験時間と同じ長さを参加者自身に再現させる再生法を採用した。予備実験において他の代表的な測定方法である、言語的見積り法や時間生成法を検証したが、カウントダウン表示という数値情報を含む条件では表示された秒数でそのまま回答可能であることから、感覚時間の測定が困難であることが示されたため、直感的な動作で感覚時間を測定することができる本手法を用いた。
4. 実験1
4.1. 実験方法
千葉大学西千葉キャンパスの10号棟5階実験室にて、HMDを用いた実験を行った。実験参加者は20代の健康な大学生11名である。全員に対し事前に実験の目的と手順を説明し、同意を得た上で実施した。VR空間内には、十字路交差点および歩行者用信号機を構築した(図1)。空間および道路構造として、道路は全幅8.0mの片側1車線道路(車線幅4.0m)とし、交差点から四方に十分な長さを延伸させることで、実験中に道路の端が視認できないよう設計した。車道の両側には幅2.0mの歩道を設置し、交差点四隅にはストライプ幅0.4mの横断歩道を配置した。また、都市部の景観のリアリティを確保するため、歩道の外側には幅20m、高さ10m~20mの建物3Dモデルをグリッド状にランダム配置した。信号設備は、国内の標準的な設置基準を参考に配置した。各信号機の高さおよび寸法詳細を図1に示す。歩行者用信号機の筐体は幅0.2m、高さ0.6m、奥行き0.3mとし、内部に赤・青の信号灯(半径0.1mの球体)を備えた。参加者の視点は、HMDの位置トラッキングに基づき、仮想空間内の横断歩道手前かつ歩行者用信号機が正面に見える位置を初期位置とし、高さは各参加者の実際のアイレベルを適用した。
実験条件は、歩行者用信号の表示方式(4水準)(図3)、交通状況(2水準)、赤信号継続時間(2水準)の計16条件とした。表示方式は以下の4種類である(表1)。「信号のみ条件」は、信号灯のみを表示する。「信号+進行ゲージ条件」は、信号灯の左右に8個の光点(直径0.04m)を配置し、時間の経過とともに上から順に消灯させる。「信号+カウントダウン条件」は、信号灯の横にデジタル数字で残り秒数を表示する。「信号+進行ゲージ+カウントダウン条件」は、進行ゲージとカウントダウンの両方を表示する。交通状況は「交通あり条件」と「交通なし条件」の2水準である。「交通あり条件」では、片側1車線の車道に5種類の自動車の3Dモデル(図2)をランダムに走行させた。車両挙動は加速度0.86m/s²、減速度5.0m/s²、最高時速40km/hとし、通過リズムが時間経過の手がかりとならないよう、車間距離は10m~20mの範囲でランダムに変動させた。「交通なし条件」は、走行車両のない静的な環境とした。赤信号継続時間は、待ち時間の長さの違いによる影響(時間長依存性)を検討し、結果の一般性を確認するため、20秒および30秒の2水準を設定した。
具体的な実験手順として、参加者はHMDを装着し、まずVR空間内の交差点にて、それぞれの実験条件の赤信号待ちを体験し、その時間の長さを記憶した(体験フェーズ)。体験終了後、直ちに信号のみ・交通なしの再現用空間へ切り替わり、赤信号の点灯開始と同時に計測を開始した。参加者には「直前に体験した赤信号の待ち時間と同じ時間が経過した」と感じたタイミングでコントローラーのトリガーを引かせた。トリガーを引くまでの時間を再現時間として計測した(再現フェーズ)。この一連の手順を、全16条件に対して実施した。得られたデータの分析にあたっては、以下の3つの指標を用いた。第一に「時間評価率(Time Reproduction Ratio)」は、計測された再現時間を実際の体験時間で除した値であり、1.0より大きければ過大評価、小さければ過小評価を示す。第二に「絶対誤差率(Absolute Proportional Error)」は、再現時間と体験時間の差の絶対値を提示時間で除した値であり、時間知覚の正確さを示す。第三に「変動係数(CV)」は、個人間の再生時間の標準偏差を平均値で除した値であり、回答のばらつきを示す。
図 1 実験空間の俯瞰図と実験参加者視点
図 2 自動車の3Dモデルと走行時の実験参加者視点
図 3 信号機の寸法詳細と表示方式4条件
4.2. 実験結果
表示方式、交通状況、赤信号継続時間を要因とした三元配置分散分析を行った。その結果、交通状況の主効果は、時間評価率(F(1,10)=18.56, p<.01)および絶対誤差率(F(1,10)=15.40, p<.01)で認められた。同様に、表示方式の主効果も、時間評価率(F(3,30)=3.15, p<.05)および絶対誤差率(F(3,30)=2.98, p<.05)で有意であった。なお、赤信号継続時間の主効果および交互作用はいずれも有意ではなかった。
多重比較の結果、「交通あり」は「交通なし」に比べ、時間評価率が有意に短く(あり:M=1.03, なし:M=1.17)、かつ誤差が小さかった(あり:M=0.11, なし:M=0.21)。表示方式では、「信号+カウントダウン」(M=1.04)が「信号のみ」(M=1.13)と比較して有意に時間が短く評価され(p<.05)、絶対誤差率においても「信号+カウントダウン」(M=0.11)は「信号+進行ゲージ」(M=0.19)等に対し有意に高い正確性を示した。なお、変動係数においても、表示方式の主効果に有意傾向(F(3,30)=2.76, p<.10)が認められ、「信号+カウントダウン」で変動係数が減少するなど他指標と整合する結果が得られた。
図 4 実験1における時間評価率
4.3. 考察
表示方式については、「信号+カウントダウン」が、「信号のみ」や「信号+進行ゲージ」と比較して、時間評価率を有意に低下させ、かつ絶対誤差率を最小化した。この時間評価率の低下は、主観的な待ち時間が短く知覚されたことを意味する。これは、数値の表示が明確な待ち時間の目安として機能し、認知的な負荷をかけることなく正確な時間把握を助けたためであると考えられる。一方、「信号+進行ゲージ」では「信号のみ」と比べ明確な改善効果が見られなかった。これは、ゲージの残量から残りの待ち時間を予測する際に、個人の時間感覚による誤差や情報としての曖昧さが介入したためと解釈できる。また、「信号+進行ゲージ+カウントダウン」が「信号+カウントダウン」を上回らなかったことから、最も確実な「数値」のみを提示することが、適切な情報量で待ち時間のストレスを効率的に軽減する設計であると言える。
交通の影響については、「交通あり」において時間評価率が有意に短縮された。これは、走行車両という動的な刺激が、歩行者の注意を時間経過から逸らす「注意の分散要因」として機能したためと考えられる。しかし、これは注意が信号機から外れている状態とも言える。対して、「信号+カウントダウン」は、信号機そのものに注意を向けさせつつ、感覚時間を能動的に短縮させた。これは、信号機への注意を維持しつつ、主観的な待ち時間を短縮させるという、安全性と快適性の両立に大きく寄与する手法となり得ることが示唆された。また、「交通なし」で時間が長く評価されたという結果は、閑散とした交差点では信号無視が誘発される心理的要因の一つを説明できる可能性がある。刺激がない環境では歩行者が時間の経過そのものに集中してしまい、時間を長く感じやすくなる。この点において、カウントダウン表示は交通量の少ない場所においてのストレス軽減策としても有効であると考えられる。
実験1では「なし」と「あり」の極端な比較に留まったため、実際の多様な交通環境における影響は明らかではない。そこで実験2では、交通量を段階的に変化させ、その違いが時間知覚およびカウントダウン表示の効果に与える影響を詳細に検証する。
5. 実験2
5.1. 実験方法
実験場所や手順、仮想空間の環境の基本構成は実験1と同一としたが、実験参加者は実験1とは一部異なる10名である。
実験条件は、歩行者用信号の表示方式(2水準)と交通量(3水準)を計6条件とした。赤信号継続時間は、実験1で有意差が見られなかったため、20秒に固定した。表示方式は、実験1の結果を踏まえ、ベースとなる「信号のみ」と、最も効果の高かった「信号+カウントダウン」の2種類とした。交通量は、実験1の「交通あり」を最大とした3段階を設定した。「交通量大条件」は目前を4~5台が通過する高密度な状態、「交通量中条件」は3台が通過する一般的な状態、「交通量小条件」は1~2台が通過する閑散とした状態である。いずれも通過リズムが時間の手がかりとならぬよう、車間距離はランダムに変動させた。
5. 実験2
5.2. 実験結果
表示方式、交通量を要因とした対応ありの二元配置分散分析を行った。時間評価率(図5)では、表示方式の主効果(F(1,9)=24.15, p<.01)に加え、表示方式と交通量の間に有意な交互作用(F(2,18)=3.85, p<.05)が認められた。単純主効果検定の結果、全交通量条件において「信号+カウントダウン」(M=0.96)は「信号のみ」(M=1.10)よりも有意に低く、さらに同条件内で、「交通量中」(M=0.93)が「交通量小」(M=0.99)に対して有意に低かった。絶対誤差率および変動係数では、表示方式の主効果のみが有意であった(順にF(1,9)=18.40, p<.01; F(1,9)=12.65, p<.01)。
多重比較の結果、「信号+カウントダウン」は「信号のみ」と比較して有意に誤差率が低く(M=0.10 vs M=0.15)、変動係数も有意に減少した(M=0.08 vs M=0.18)。
図 5 実験2における時間評価率
5. 実験2
5.3. 考察
表示方式については、交通量の大小に関わらず「信号+カウントダウン」が「信号のみ」と比較して時間評価率と絶対誤差率を有意に低下させた。これは実験1の結果と整合しており、数値情報が明確な時間の目安として機能し、周囲の環境や個人の感覚によらず、正確な時間把握を可能にしたためと考えられる。また、この結果は不確実な待ち時間が心理的負担を増大させるというMaister 1)の知見を定量的に裏付けるものである。
特筆すべきは、交通量の違いによって「信号+カウントダウン」の効果に変化が生じたことである。具体的には「交通量中」において、時間評価率が最も低くなる傾向が見られた。この要因として、交通量に応じた「注意の向け方」の変化が考えられる。「交通量小」では、注視対象が信号機に限られるため、実験参加者は時間の経過そのものに意識を集中しやすい。その結果、主観的な時間の短縮は生じず、再現時間の平均値が体験時間と同程度に留まったと解釈できる。実際、絶対誤差率に有意差はなかったが、数値上は「交通量小」で時間評価率の平均値がM=0.99を示しており、「信号のみ」で見られたような時間の過大評価(M=1.17)がカウントダウン表示によって抑制されたことが確認された。これは実験1の「交通なし」と同様の傾向である。一方、「交通量大」では、頻繁な車両通過が圧迫感やストレス要因として作用し、快適な時間短縮効果を阻害した可能性がある。これらに対し、「交通量中」では、適度な車両の流れが信号待ちの退屈さを紛らわせる「注意の分散要因」として機能したと考えられる。Zakayら7)の注意のゲートモデルによれば、注意が時間の経過以外に向けられるほど、認知的な時間処理は中断され、主観的な時間は短縮が生じるとされる。重要なのは、数値表示によって残り時間が明確化された状態で、この分散効果が発揮された点である。すなわち、数値の表示による不確実性の低減と、適度な注意分散が組み合わさることで、心理的負担が軽減され、待ち時間が短く感じられたと解釈できる。一方で、「信号のみ」では交通量による一貫した傾向が見られず、ばらつきも大きかった。これは、残り時間が不明瞭な状況下では、車両の存在をポジティブな気晴らしと捉えるか、ネガティブなストレスと捉えるかが、個人の主観に委ねられてしまうためと推察される。対照的に、カウントダウン表示がある場合は安定した改善効果が得られており、個人差の少ない安定した有効性が確認された。
以上の知見は、信号機の設置計画に重要な示唆を与える。実験1で示された閑散とした場所での有効性に加え、実験2では、中程度の交通量のある交差点においても、カウントダウン表示が待機時の負担軽減に寄与することが示された。したがって、カウントダウン表示は設置環境の交通特性に応じて「正確さ」と「快適さ」の双方を提供する有効な手段といえる。
6. まとめ
本研究ではVR実験により、信号表示方式と交通環境の時間知覚への影響を検証し、以下の知見を得た。
1) 「信号+カウントダウン」は、交通量や赤信号継続時間に関わらず、時間評価率と絶対誤差率を有意に低下させた。
2) 交通量による注意分散効果は、残り時間が不明瞭な場合、個人差が大きく不安定である。
3) 「信号+カウントダウン」と「交通量中」の組み合わせで、最も時間が短く評価された。不確実性の低減と適度な注意分散の相乗効果といえる。
4) 交通量が少ない環境において、カウントダウン表示は時間の過大評価を抑制し、不確実性による心理的ストレスの抑制に寄与する。
以上の知見は、交通特性に応じたカウントダウン表示の有効性を示している。本研究では、信号無視などの行動変容そのものは扱っていないが、時間知覚の短縮と注意の向き先の制御は、将来的に信号遵守行動の安定化に寄与する可能性がある。したがって本知見は快適かつ安全な歩行者空間の設計指針として有用である。
7. 参考文献
1)Maister, D. H.:The psychology of waiting lines, The Service Encounter, pp.113-124, 1985.
2)Keegan, O., O'Mahony, M.:The impact of countdown timers on pedestrian behaviour at signalised crossings, Traffic Engineering & Control, Vol.44, No.5, pp.179-182, 2003.
3)Limanond, T., Prabjabok, P., Hongsri, S.:Effect of pedestrian countdown timers on pedestrian street-crossing behavior at crosswalks in Bangkok, Traffic Injury Prevention, Vol.11, No.6, pp.616-622, 2010.
4)横関俊也, 森健二, 矢野伸裕:歩行者青残り時間秒数表示が歩行者の横断挙動に与える影響, 交通工学論文集, Vol.4, No.1, pp.B_6-B_11, 2018.
5)大橋智樹:残り時間表示機能が横断歩道の歩行に与える効果, 宮城学院女子大学発達科学研究, Vol.9, pp.71-80, 2009.
6)藤田素弘, 河畑草太:カウント表示式信号機における車両発進時の微視的特性分析と信号デザインの評価, 土木学会論文集D3 (土木計画学), Vol.76, No.4, pp.334-345, 2020.
7)Zakay, D., Block, R. A.:An attentional-gate model of prospective time estimation, Time and the dynamic control of behavior, pp.167-178, 1995.