小川泰世
追従・追越行動の選択プロセスと歩行者の注視特性
歩行空間では、対向者、直交者、同方向者などへの回避行動が生じ、それぞれにおいて行動特性が異なる。対向者および直交者の回避の場合、どちらか一方もしくは両方が回避しなければ衝突する危険があり、両者の間に一種の駆け引きが生じる。一方で、同方向に進む前方歩行者を回避する場合には、回避行動をとる者のみによって、追従するか、追い越すかの選択が決定される。では、私たちは、何を手掛かりにその選択を行っているのだろうか。
本研究では、没入型仮想環境技術および全方位型トレッドミルを用いた歩行実験を行った。前方歩行者の歩行速度と通路幅員を系統的に操作し、追従・追越行動の選択傾向および選択過程における注視特性への影響を検証した。さらには、追従行動および追越行動から生じる身体・心理的負荷を定量化した。これらの指標間の関係を整理することで、追従・追越行動の選択プロセスおよび選択過程における情報取得戦略、行動選択に伴う「迷い」の程度を評価した。
実験Ⅰでは、前方歩行者の歩行速度および通路幅員を操作し、追従・追越行動の選択傾向や注視特性に及ぼす影響を比較した。各条件での追越が選択された割合と、各実験参加者の選択までに要した時間や水平方向の注視角の標準偏差を指標として比較したところ、追越選択率が低下するにつれて、選択時間および水平注視角のばらつきが大きくなる傾向が示された。これを踏まえ、水平方向の注視角のばらつきを計測することで、追越選択時の迷いを定量的に評価できる可能性があると考察した。
実験Ⅱでは、実験Ⅰから得た知見を踏まえ、追越行動および追従行動の選択過程における行動選択と注視特性との関係を詳細に分析した。また、水平注視分散に代わる指標として、最大注視時間を用いた分析を行ったところ、追従・追越行動の選択に要する時間が、選択過程における最大注視時間によって説明可能であることが示された。そのため、歩行空間において前方歩行者への斜交い注視の時間を取得することで、歩行者が追従・追越行動の選択にどの程度の迷いを感じているかを定量的に評価できる可能性があると考察した。
実験Ⅲでは、追従行動および追越行動を強制した条件下において、歩行速度に起因する身体的負荷、および相対距離に起因する心理的負荷を分析した。その結果、追従・追越行動の選択においては、追従行動時の歩行速度に起因する負荷と、追越行動時の相対距離に起因する負荷が判断材料として重視される傾向にあることが示された。さらに、負荷指標の大小が注視位置および注視順序に及ぼす影響についても検討を行ったところ、追越行動時の相対距離に起因する負荷が大きい条件では、前方歩行者の足元からその後方の領域にかけて注視が偏る傾向が示された。これは、追従行動時の歩行速度に起因する負荷を推測するための情報取得が優先され、より効率的に前方歩行者との距離感を把握できる下方領域への注視が卓越したのではないかと考察した。