西島 直希

HMD の視野角および評価対象の違いが仮想空間におけるスケール知覚に及ぼす影響 

近年、建築設計プロセスにおいてBIMとVRの連携が進み、従来の図面や模型では困難であった空間ボリュームの把握や合意形成が容易になった。筆者の実務においても、VRは竣工後の満足度を高める有効なツールとして機能している。一方で、CADソフトで正確に作成されたモデルであっても、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を介した仮想環境では、現実よりも空間が狭く、天井が低く感じられるといった「スケール知覚の不一致(過小評価)」が大きな課題となっている。大規模なメタ分析においても、この過小評価は仮想環境における一般的な現象として裏付けられている。本研究は、この過小評価の主因がHMDの狭い視野角による周辺視野の欠落にあるという仮説のもと、視野角・姿勢・評価対象(空間・物体)を変数とした主観的スケール評価実験を行い、建築VRにおける提示条件の最適化と補正手法の確立を目的とした。

実験は、現実と仮想、空間と物体という異なる参照基準と対象を組み合わせた4段階で構成されている。

実験1では、現実空間の実験室を基準として仮想空間のスケールを合わせる実験を行った。具体的には、参加者に現実の実験室の広さを記憶させた後、HMDを装着させ、コントローラーを用いて仮想空間のスケールを現実空間と等しく感じられる大きさに調整させた。結果として、既往研究と整合する約10%の過小評価(スケール比平均1.11)が確認された。姿勢の比較においては、立位条件の方が座位条件よりも判断のばらつきが有意に小さく、日常的な空間把握の姿勢と一致することで知覚が安定することが示された。また、水平視野角60度の条件では過小評価が顕著に増大したことから、周辺視覚情報による空間認識の成立には90度以上の視野角が不可欠であることが明らかとなった。

実験2では、この過小評価が仮想環境固有の特性かを検証するため、仮想空間同士でスケール比較を行った。具体的には、あるスケールの仮想空間を記憶させた後、ランダムな大きさに変更された別の仮想空間を再度提示し、最初に記憶した空間と同じサイズに調整させるタスクを実施した。その結果、過小評価の傾向自体は相殺されて消失したものの、絶対的な物理的参照基準を持たず不安定な短期記憶に依存した結果、判断のばらつき(分散)が実験1の約2倍に増大した。これにより、高精度なスケール評価には物理的尺度の介在が不可欠であることが示唆された。

実験3では、評価対象を「空間」から「物体(ボール)」へ変更し、仮想環境内で完結する比較を行った。仮想空間内に配置された基準となるボールの大きさを記憶させた後、後ろに振り向き、別のボールの大きさをコントローラーで調整して先のボールと一致させるタスクを実施した。空間を対象とした時とは対照的に、視野角に関わらず極めて正確(スケール比平均1.03)かつ安定したスケール知覚が得られた。対象が小さい場合に生じたわずかな過小評価も、巨大な空間ボリュームとのサイズ対比効果によるものと推察される。

実験4では、現実の物体と仮想の物体で比較を行った。ここでは、現実空間にあるボールの大きさをあらかじめ記憶させた上でHMDを装着し、仮想空間内のボールを現実と同じ大きさに調整させた。その結果、判断の標準偏差が0.06と非常に高い一貫性が示された一方で、スケール比の平均は1.10となり、実験1と同様に約10%の過小評価に収束した。評価対象の属性(空間か物体か)が異なり、視野角への依存性や知覚の安定性に違いがあるにも関わらず、現実と比較した際には一律で約10%の過小評価が生じた事実は重要である。これは、メタ分析が示す現代のデバイスの到達水準とも合致しており、このバイアスが現実空間と仮想空間の根本的なスケーリングの相違に起因する強固なものであることを強く示唆している。

以上の実験から、現実空間との比較において、観察者の姿勢は立位がばらつきを抑制して最適であり、視野角の制限は空間のスケール知覚に対してのみ過小評価を引き起こすことが明らかとなった。さらに、対象が空間であれ物体であれ、現実と比較する際には一貫して約10%の過小評価が生じることが判明した。本研究は結論として、現在のハードウェア性能では解消しきれない知覚バイアスへの実践的な対応策として、建築VRにおけるモデル全体に約1.1倍の拡大補正を施す「1.1倍の法則」を提唱する。これにより、設計意図を正確に伝達し得る仮想環境の構築が可能となるが、今後は過小評価を生むメカニズムのさらなる解明と、デバイスの進化に即した継続的な最適化が必要である。