永田 匠
階段の踏面寸法が鉛直方向の移動距離の知覚に与える影響
階段は踏面や蹴上を代表とする様々な寸法によって構成される。そしてそれぞれの寸法が階段利用者の感じる安心感や疲労感などに影響を与えることが知られている。しかし、階段をシークエンシャルな空間演出の装置とみなし、その心理的効果を定量的に考察した研究は少ない。そこで本研究では、階段の構成寸法のうち特に踏面寸法に注目し、階段上昇時の鉛直方向の移動距離の知覚(上昇距離知覚)との関係を、没入型仮想現実環境技術を用いて検証した。
実験では踏面寸法を条件として、実験参加者に対象の階段を上らせ、その後測定用の空間で円柱の高さを調整し、自身が昇った階段の高さを再現するというタスクを各実験条件に対して行わせた。各実験参加者が調整した円柱の高さを「認知上昇距離」と定義し、これを用いて階段による上昇感覚を定量化した。
実験1では階段の踏面寸法を300㎜、600㎜、900㎜として実験を行った。実験参加者は、現実空間に作成した高さ5段分の階段を、ヘッドマウントディスプレイ(VIVE Focus Vison/HTC)を装着した状態で上昇した。ヘッドマウントディスプレイには、没入型仮想環境として構築された階段が提示されており、その位置は現実の階段と一致するように調整されていた。実験の結果、 F(2, 16)=3.8414, p<0.05, η²=0.1059となり、5%水準で統計的に有意であった。そこで、Bonferroni補正による多重比較を行った。その結果、踏面300㎜条件と600㎜条件の間(p=0.0184)、および踏面300㎜条件と900㎜条件の間(p=0.0691)で、踏面300㎜条件が他の2条件よりも高い値を示す有意差が確認された。こうした結果は、労力仮説に基づけば、踏面寸法300mmの条件では、ほかの条件より勾配が急になり、単位水平距離あたりの上昇に必要な労力が大きいため、認知上昇距離も増大したと考えられる。労力仮説を鉛直方向の移動距離の認知に適用できる可能性が示唆された。
実験2では階段の踏面寸法を300㎜、600㎜とし、階段を5段目まで上るという設定で、上昇動作を伴わない実験を行った。実験参加者がコントローラ操作により仮想環境内の移動、階段の上昇ができる環境において、実験1と同様の実験を行った。実験の結果、 踏面寸法300㎜の条件と600㎜の条件の間で、t(9)= -2.29, p=0.04802301, d= 0.72で、踏面300㎜条件のほうが、統計的に有意に認知上昇距離が高いことがわかった。こうした結果は、実験1で得られた傾向と同様であり、階段が5段の場合、踏面寸法と上昇感覚の関係は上昇動作の有無にほとんど影響されないことが分かった。
実験3では階段の段数を7段、もしくは10段として、実験2と同様の実験を行った。実験の結果、 階段が7段の場合、踏面寸法300㎜の条件と600㎜の条件の間で認知上昇距離に統計的に有意な差は見られなかった。しかし、階段が10段の場合、踏面寸法300㎜の条件と600㎜の条件の間で、t(9)= 3.06, p=0.01346281, d= 0.97で、踏面600㎜条件のほうが、統計的に有意に認知上昇距離が高いことがわかった。こうした結果は、実験1、実験2で得られた傾向と異なるものであり、階段の段数が増えた場合、上昇距離知覚の方法が変化する可能性が示された。