峯田 和季
サインの表示位置が曲がり角における歩行軌跡に与える影響
案内標識は建築空間における移動を円滑にする基本要素であるが、本研究では標識を単なる情報提示設備としてではなく、歩行者の「無意識的な軌道選択」を誘導する空間装置とみなし、その効果を定量的に考察した。没入型仮想現実(VR)環境とアイトラッキング技術を用い、標識の掲示位置(右側・左側)が歩行軌跡および視線行動に及ぼす影響を検証している。
実験1では、通路幅 3.0m のT字路空間において、案内標識の設置位置が歩行軌跡に与える影響を検証した。実験の結果、ターン前半部では条件間に有意な差は見られなかったが、ターン後半部(60°〜90°)において統計的な有意差が認められた。具体的には、右側に標識がある場合、左側に比べて有意に内壁に近い軌跡を通行しており、標識が視覚的なアンカー(支点)として機能して歩行者の軌道を内側へと引き寄せることが示唆された。一方で、視線を意識させない自由歩行下では、誘導効果の発現にタイムラグが生じることが明らかとなった。
実験2では、新たにアイトラッキング機能を導入し、「視線を計測する」という教示を与えた設定で実験を行った。実験の結果、右側掲示条件の方がコーナーの奥(約−20°)まで視線を維持していることが判明した。歩行軌跡についても、実験1とは異なりターン全域(0°〜90°)において極めて有意な差 (p < .001) が確認された。これは、視線計測への意識(ホーソン効果)が標識への能動的な注視を促し、その結果として「予期的制御」が強く働き、早期からの軌道修正が誘発されたことを示している。
本研究から、以下の三点が明らかとなった。第一に、歩行軌跡の偏位において案内標識の掲示位置は要因であり、内側への配置は頂点へ接近させる効果を持つ。 第二に、軌道変容の機序には視線の予期的制御が関与しており、注視離脱地点と接近距離には正の相関(r = 0.57)が認められた。 第三に、誘導効果の強度は注意の質に依存しており、視線計測に伴う意識が旋回初期からの軌道修正を可能にした。