障害物回避行動と身体負荷の関係性

〜工事現場における資材の運搬を想定して〜

1. 研究背景

建設現場には多数の器具や資材、仮設物が存置されており、我々が普段生活を送っている空間とは全く異なる空間が広がっている。また作業員たちは、資材などを所持した状態で移動することが求められるため、資材によって視界が遮られたり、身体に局所的な負荷がかかったりなどの要因により、転落や追突、挟まれなどの労働災害に見舞われるリスクに常にさらされている。厚生労働省が発表している労働災害統計によると、転倒による死傷災害の死傷者数は過去32年間で減少傾向にあるものの未だ1500人前後発生している現状がある。

こうしたリスクを軽減するためには、障害物を回避する際の人間の行動特性に関する知見が必要である。川越2)の行った研究では、転倒災害のリスクとして、運動機能低下等の「内的要因」、段差等の「外的要因」、規律違反等の「社会管理的要因」、回避能力等の「障害増幅要因」の4つが挙げられることを明らかにした。障害物回避行動については、例えば小沼ら3)や藤井ら4)が行った障害物を回避する際の動作制御の研究が挙げられる。上記2つの研究により、障害物を跨ぐ際の準備期間が、障害物前4-5歩前から始まり、障害物の2歩前-1歩前の歩幅が優位に増大していることが明らかになっている。

しかし、所持する荷物の重量や荷物所持によって身体にかかるモーメント負荷が、障害物の対する跨ぎ動作に与える影響を検証した研究は見当たらない。そこで本研究では重量と発生するモーメントを調整できる器具を用意して実験を行い、所持する荷物によって発生する身体負荷が、跨ぎ動作による障害物回避行動に与える影響を検証することとした。

荷物所持時の障害物回避行動の変化は、工事現場のみならず日常生活においても災害の要因となっていると考えられる。今枝ら4)は自宅内での転倒の原因に関しての研究を行った。この研究結果から、移動中の体の回転に伴う重心の動揺がふらつきによる転倒の原因となっていることを明らかにしている。今枝らの研究における移動中の体の回転としては、ドアの開閉といったものを中心に取り上げているが、障害物を回避するための跨ぎ動作も体の回転を伴うため、同等のリスクを含んでいると考えることができる。つまり、本研究は日常生活での障害物回避に関しても有用なものになると考える。

2. 研究目的

本研究では、歩行中に所持している荷物の重量や荷物を所持していることによって身体にかかるモーメント負荷が、障害物を回避するための跨ぎ動作に与える影響を、仮想環境技術を用いた被験者実験によって検証した。

実験結果の定量的な分析を通して、工事現場での作業もしくは日常生活等の幅広い場面での荷物の運搬を安全に行うことができる為の知見を得ることを目的とする。

3. 実験Ⅰ

3.1. 実験概要

実験1は、千葉大学工学部10号棟215室(5900mm×7000mm)にて行った。被験者は20代の健康な大学生5名とした。仮想環境構築ソフトウェア:Vizard7(WORLD VIZ社製)を用いて、工事現場を模した仮想空間と障害物を作成し、ヘッドマウントディスプレイ:(HTC-VIVE/HTC社)を介して被験者に提示した。また、仮想空間内で被験者の脚部の動きを測定する為にトラッカー:(HTC-VIVE/HTC社)を使用した。実験中に被験者に所持させる荷物には、コントローラーを装着した鉄パイプを使用する。この鉄パイプは、別途用意した錘(0.5kg・2個セットまたは1kg・2個セット)によって重量と身体にかかるモーメント負荷を変化させることができる。

実験中、被験者には自身の脚で仮想空間内を歩行させた。この手法により、被験者ごとの異なる歩行特性や回避行動特性を妨げないように考慮した。実験をするにあたって必要なパソコンなどの操作は全て実験者が行うため、被験者は荷物のみを持った状態で実験を行った。

被験者には仮想空間内において荷物を持った状態で、単純歩行と配置した障害物を跨ぐ動作を行わせ、脚部の位置座標を0.5秒間隔で抽出した

3.3. 実験条件

実験Ⅰでは、A)障害物の高さ(20cm、30cm)、B)荷物の重量(1kg、2kg)、C)荷物によるモーメント(20Nm、40Nm)の3つの要因が被験者の回避行動に与える影響を検証した。このすべてのかけ合わせのうち、2kg・40Nmの組み合わせを省いた計6条件を実験条件として設定した。

実験中の1試行において被験者は、同じ大きさの荷物を担ぎながら、高さ20cmと30cmの2種の障害物を連続して回避しつづけた。また、実験開始前には仮想空間での歩行や障害物回避のための跨ぎ動作に慣れることを目的に、約3分間の練習時間を設けた。

3.4. 実験手順

以下に示す①〜⑤の手順で試行を繰り返した。

実験を開始するに当たり、被験者には仮想空間における動作の練習を3分間行わせた。練習時間は、被験者に対し足が引っ掛からない跨ぎ動作を学習させることを主な目的としている。その為、実験で使用する空間はトラッカーによって得られたつま先の位置座標が障害物の位置する座標と重なった場合に警告が行われるシステムとなっている。

被験者に対し、仮想空間内に示された地点1〜地点4を順番通りに2周するように指示した。また、歩行軌跡上に障害物が表示される場合は、足が引っ掛からないように跨いで回避するように指示をした。

被験者の歩行中に、キーボード操作により任意の位置に障害物(高さ20cm又は30cm)を表示させる。

以上の②〜③を実験条件の数だけ行う。

全ての条件のもとでの実験が終了した後、被験者に対してアンケート調査を行う。

図 1 仮想空間内の様子

3.4. 実験結果・考察

仮想環境内に投影された障害物を回避する際の跨ぎ動作時の、障害物を前にして後行肢が地面から離れた時のx座標と、跨ぎ動作を終えて後行肢が地面に着地した時の後行肢のx座標の差を、障害物を跨ぐ際の後行肢の踏み出し・着地位置と呼ぶこととする。

この後行肢の踏み出し・着地位置について、障害物高さおよび荷物の種類を要因としてBonferroni補正による多重比較検定を行ったところ、「1kg・40Nm」において、障害物高さ20cmと30cmの水準間に有意差(p=0.0219)が検出された。また、「1kg・20Nm」においても、障害物高さ20cmと30cmの水準間に有意傾向(p=0.0626)が検出された(図2)。以上より、障害物の高さによって、後行肢の動きに変化が生じていることが分かる。しかし、「1kg・20Nm」では、障害物が高いときに後行肢の踏み出し・着地位置が大きくなるのに対して、「1kg・40Nm」では、障害物が低い時に後行肢の踏み出し・着地位置が大きくなるという逆の特性を見せている。

荷物の種類の効果については、障害物高さ20㎝について、荷物が「1kg・20Nm」と「1kg・40Nm」の水準間に有意傾向(p=0.0695)が検出された。このことから荷物によって生じるモーメントが大きいときには、後行肢の踏み出し・着地位置の左右差が増大することがわかる。かつ、この左右差の増大は、障害物の高さが20㎝と比較的小さい時においてのみ顕著になるといえる。

つづいて跨ぎ動作時間について、障害物高さおよび荷物の種類を要因としてBonferroni補正による多重比較検定を行ったところ、荷物が「1kg・20Nm」と「2kg・20Nm」について、障害物高さ20cmと30cmの水準間に有意差(p<0.001、p=0.0015)が検出された(図3)。また、障害物高さ20㎝について、荷物が「1kg・20Nm」と「1kg・40Nm」の水準間に有意差(p=0.0109)が検出された。このことから、荷物によって生じるモーメントが大きいときには、跨ぎ動作にかかる時間が増大するといえる。また、この動作時間の増大は、障害物の高さが20㎝の時においてのみ顕著になるといえる。

この跨ぎ動作時間の増大は、前述した後行肢の踏み出し・着地位置の変化が影響していると考える。モーメントが大きくなることによって跨ぎ動作を行う際の身体のふらつきが大きくなるなどの身体負荷が大きくなる。そのふらつきを後行肢の着地位置を踏み出し位置より離すことにより解消しており、その影響で跨ぎ動作完了までの時間が伸びているのではないかと考えられる。

図 2 後行肢の踏み出し・着地位置

図 3 跨ぎ動作時間

4. 実験Ⅱ

4.1. 実験概要

実験2は、千葉大学工学部自然科学棟815室にて行った。被験者は20代の健康な大学生8名とした。

仮想環境構築ソフトウェア:(vizard7.0/WorldViz社)を用いて、工事現場を模した空間に障害物を配置した仮想空間を作成した。構築した仮想環境を、ヘッドマウントディスプレイ:(HTC-VIVE/HTC社+TobiiPro VRインテグレーション/Tobii社)を介して被験者に提示した。また、仮想空間内で被験者の脚部の動きを測定する為にトラッカー:(HTC-VIVE/HTC社)を使用する。実験中に被験者に所持させる荷物には、コントローラー:(HTC社)を装着した鉄パイプを使用する(図4)。この鉄パイプは、別途用意した錘(0.5kg・2個セットまたは1kg・2個セット)によって重量と身体にかかるモーメント負荷を変化させることができる(図5)。

実験中は被験者が自身の脚で歩行することにより仮想空間を体験することとする。この手法により、被験者ごとの異なる歩行特性や回避行動特性を妨げないように考慮した。実験をするにあたって必要なパソコンなどの操作は全て実験者が行うため、被験者は荷物のみを持った状態で実験を行った。

被験者には仮想空間内において荷物を持った状態で、単純歩行と配置した障害物を跨ぐ動作を行わせ、脚部の位置座標を0.5秒間隔で抽出した。

4.2. 実験条件

実験条件として、実験前の練習の場合を除いて6条件で行った。実験条件の内訳として、A)持つ荷物の重さに関する2条件(1kg、2kg)、B)荷物によって身体に発生するモーメントに関しての3条件(20Nm、30Nm、40Nm)の計6条件である。

また、実験開始前に仮想空間での歩行へなれることと障害物回避のための跨ぎ動作を被験者自身が学習するための練習時間を設けている。この練習時間についても実験条件の1つとし、その練習時間について3分間で統一した。実験における1試行は単純な作業であり、1試行にかかる時間も実験1と比較して非常に短くなっているため、同条件下で2回の試行を行った。これは、得られたデータを分析する際に、外れ値を除外してより精度の高い分析を行うことを目的としている。

また、実験中の仮想空間に投影する障害物の高さは20㎝で統一した。実験1では仮想空間内に投影される所持している荷物の大きさについても3条件で行ったが、今回は重量と身体にかかるモーメント負荷にのみ着目することから半径50㎜で統一して実験を進める。

4.3. 実験手順

被験者に、本実験についての説明をした後、実験に関する練習を行ってもらう。その後は、実験条件ごとに①~③の手順で試行を繰り返した。

歩行開始地点(地点1)から歩行を始め、5m直進した場所に存在する中間地点(地点2)まで歩行してもらう。その後、地点2にて右回り90°回転して10mほどの直進をし、終了地点(地点3)まで移動してもらう。

10mの直進歩行をしている際に途中の地点に障害物を表示させ、被験者には跨ぎ動作により回避をしてもらう。

以上①と②を条件の数だけ行ってもらう。

図 4 使用するコントローラーとトラッカー

図 5 錘装着時の荷物(鉄パイプ)

4.4. 実験結果・考察

障害物を跨ぐ際の先行肢の踏み出し位置のx座標と後行肢の着地位置のx座標の差(以降「障害物回避時の踏み出し・着地位置の差」と呼ぶ)が、荷物の重量と荷物によって体にかかるモーメントを要因としてBonferroni補正による多重比較検定(t検定、5%水準)を行ったところ、荷物重量が1kgについて、モーメントの大きさ30Nmと40Nmの水準間に有意差(p=0.0213)が検出された。また、モーメントが40Nmについて、荷物重量が1kgと2kgの水準間に有意差(p<0.001)が検出された(図6)。このことから荷物の重量が2kgの場合は、モーメントの大きさが30Nmと40Nmの間で障害物回避時の踏み出し・着地位置の差が小さいのに対し、重量が1kgの場合では40Nmの時に大きく減少するという逆の特性があるといえる。

障害物を跨ぐ際の先行肢の踏み出し・着地位置について、荷物重量と身体にかかるモーメントを要因としてBonferroni補正による多重比較検定(t検定、5%水準)を行ったところ、荷物重量が1kgについて、モーメントが30Nmと40Nmの水準間に有意差(p<0.001)が検出された(図7)。このことから荷物の重量が2kgの場合はモーメントの大きさが30Nmと40Nmの間で障害物回避時の先行肢踏み出し・着地位置の差が小さいのに対し、重量が1kgの場合では40Nmの時に大きく減少するという逆の特性があるといえる。これは障害物回避時の踏み出し・着地位置の差と逆の特性を持つといえる。

障害物を跨ぐ際の後行肢の踏み出し・着地位置について、荷物重量と身体にかかるモーメントを要因としてBonferroni補正による多重比較検定(t検定、5%水準)を行ったところ、荷物重量が1kgについて、モーメントが30Nmと40Nmの水準間に有意差(p=0.0373)が検出された。また、モーメントが40Nmについて、荷物重量が1kgと2kgの水準間に有意差(p=0.0017)が検出された(図8)。このことからモーメントの大きさが40Nmの場合では荷物の重量が1kgに比べ2kgの際に後行肢の踏み出し・着地位置が大きく増大している。これは障害物回避時の踏み出し・着地位置の差や先行肢踏み出し・着地位置の差とは逆の特性を持つといえる。

図6~図8における荷物の重量2kgの水準を見ると、30Nmと40Nの水準間での跨ぎ動作時の踏み出し・着地位置と先行肢の踏み出し・着地位置の差があまり見られないのに対し、後行肢の踏み出し・着地位置の差が40Nmの場合に大きく増加していることが分かる。この結果について、今回の実験で荷物の重量とモーメントの大きさについて格段多い条件数で行っていないため断定できない部分もあるが、荷物の重量やモーメントといった身体への負荷が大きい条件下で跨ぎ動作を行う場合、後行肢の踏み出し・着地位置が安全な障害物回避に寄与しているのではないかと考えることが出来るのではないか。

図 6 跨ぎ動作時の踏み出し・着地位置

図 7 先行肢の踏み出し・着地位置

図 8 後行肢の踏み出し・着地位置

5. まとめ

本研究では、仮想環境技術を用いた被験者実験によって、所持している荷物の重量やモーメント負荷が、障害物を回避するための跨ぎ動作に与える影響を検証した。

得られた結果を以下にまとめる。


参考文献

  1. 川越隆:転倒災害の現状と対策, 日本転倒予防学会誌, Vol.6, No.3,pp.9-14,2020.3
  2. 小沼佳代, 田口孝行, 相間正之:障害物回避における歩幅と歩行速度の変化, 理学療法-臨床・研究・教育, Vol.15, No.1,pp.21-25,2008
  3. 藤井伸行, 山本澄子, 石井慎一郎, 杉輝夫:若年健常者の跨ぎ動作に至るまでの歩行の制御について, 理学療法Supplement, Vol.42, No.2,2014.9
  4. 今枝秀二郎, 孫輔卿, 内山瑛美子, 田中友規, スタッヴォラヴットアンヤポーン, 角川由香, 馬場絢子, 田中敏明, 飯島勝矢, 大月敏雄 : 転倒・大腿骨近位部骨折で入院した高齢者の環境移行事例から見た多職種による建築的な転倒予防対策の検討<1>:自宅内の転倒原因となる建築的要因の解明, 日本建築学会計画論文集, Vol.85, No.773, pp.1387-1395,2020