踏面端部のライン幅が階段昇降時の脚部の動きに与える影響

1. 研究背景

階段は、環境中を上下に移動するための人工的な構造物である。日常生活の中で人間は、建物内や道路、乗り物など様々な場面で、階段を用いて昇降を行う。

階段の昇降中には、特に、つまずきや転落などの日常災害が発生する可能性が高くなる。階段昇降における危険性にはさまざまな原因が存在する。令和2年では65歳以上の不慮の事故による死因のうち、「転倒・転落・墜落」による死亡者数は交通事故の約4倍の8851人であった。1)このように発生場所を問わず、足元が原因の事故は非常に多い。また、階段からの転落事故では毎年1000名近くが死亡している。転落事故の主な原因として身体の衰え、踏み外しが挙げられるが、階段の要素(蹴上・踏面寸法、段表面の仕上げ、段鼻の形状)が事故の誘発因子となる場合も存在する。その他にも、段が認識できず転倒するなど、視覚に関わる問題を取り上げた事例もある2)

一方で、階段は建築の躯体に比べ自由度が高く、幅広いデザインの検討が可能である。そのため、階段としての機能性よりも設計者の意図を優先した階段が多く存在する。しかし、階段のデザインを重視するあまり、安全性、視認性に十分に配慮がなされていなければ、事故の原因となり得る。

小野ら3)は色、模様が段差の視認性に与える影響をアンケートを用いて研究した。模様の違いから評価に差があることを明らかにしたが、定性的な評価であり、足の動きを測定するような定量的な研究ではない。また、大嶋ら4)は足の動きを撮影する研究を行ったが、階段の寸法と足の距離について考察しており、階段の模様や素材に着目していない。

そこで本研究では、踏面の先端に付けた模様を踏面端部ラインと定義し、その幅が階段昇降時の足の動きに与える効果を、試料階段を用いた被験者実験を行った。

2. 研究目的

本研究では試料階段を用いた被験者実験によって、踏面端部ラインの幅の変化が昇降の際の足の動きにどのような影響を与えるのかを検証する。実験結果の定量的な分析を通して、昇降に安全な階段の計画に役立つ知見を得ることを本研究の目的とする。

なお、本実験では4段の試料階段を用いるが、一般的な階段に対しても、地面から段、段から段の評価には本研究の成果を応用できるものと考える。

3. 実験Ⅰ

3.1. 実験概要

実験1では試料階段の種類が階段を上るときの足の動きに与える影響を検証した。実験は千葉大学自然科学棟2号棟812号室にて行った。被験者は健康な大学生5名(男性4名、女性1名)とした。実験空間に4つの試料階段を設置し、被験者に昇降してもらった (図1,図2)。被験者の脚部には、ポジショントラッカー(VIVE トラッカー/HTC社)を装着し、試料階段を上る際の足の動きを測定した(図3)。足首に装着したポジショントラッカーのデータを用いて、各段におけるつま先が踏面の垂直方向に最も離れた距離について分析した

3.3. 実験条件

実験で用いた試料階段は蹴上160mm、踏面280mm、幅600mmとした (図4,5)。被験者の足首部にポジショントラッカーを取り付け、階段を下りる際の足の動きの空間座標を0.05秒ごとに平均し取得した。試料階段は4種類用意し、全て踏面、蹴上を白い塗料で覆った(ニッペSTYLE DIYペンキ スノウホワイト/日本ペイント株式会社) 。4つの試料階段には異なる幅の黒い模造紙を貼り付けて、踏面端部ラインを作成した。踏面端部ラインの幅は試料階段1が10mm、試料階段2が45mm、試料階段3が90mm、試料階段4が135mmとした(図5)。試料階段の踏面の照度はスマートフォンアプリ『LUX-01』で計測し、約100lxであった。


3.4. 実験手順

まず、被験者に実験の概要を説明した。その後、被験者にポジショントラッカーを装着させ、正常に起動しているか確認した。その次に、ポジショントラッカーを歩行開始点、試料階段の各段の踏面端部ラインの中心に置き、座標を調整した。その後、①〜③の動作を行わせた。

①試料階段から3歩手前で待機させる。

②合図とともに、試料階段を上らせる。

③最上段まで上った後、振り返り、そのまま下りる。

実験は①-③の手順を4種類の試料階段ごとに4回ずつ行い、計16回階段を昇降した。順番による影響を相殺するために、試料階段を上る順番はランダムとした。また、実験のデータを統制するために、被験者には利き足を試料階段の1段目に乗せるように指示し、歩行を開始させた。

図 1 試料階段

図 2 実験の様子

図 3 ポジショントラッカー 

図 4 試料階段の寸法

3.4. 実験結果・考察

鈴木ら5)によれば、障害物をまたぐ動作において、段差を越えるつま先部分の最高点が低くなるほど、足の運びが効率的になる。このことから、階段昇降においても足を上げる高さが低いほど効率よく足を運びながら安全に段差を越えようとしていると考えられる。

試料階段ごとの各段における踏面から足までの高さを算出し、その最大値を条件ごとに示した(図6)。地面から1段目、地面から2段目、2段目から4段目では、試料階段1から2にかけて値が減少し、さらに試料階段2から4にかけて値が単調増加する傾向が見られた。このことから、各段における踏面から足までの高さの最大値が最も低くなる範囲は、階段の踏面端部ラインの幅が10mmから90mmの間に存在すると考えられる。つまり、その幅より小さくても大きくても、安全性が低くなると推測できる。しかし、試料階段の種類を要因として多重比較検定を行った結果、どの水準間でも有意な差は見られなかった。

さらに、Bonferroni法による多重比較検定を用いて、各段における踏面から足までの高さの最大値を比較した(図7)。その結果、地面から1段目と2段目から4段目の間に有意な差が見られた。1段目は自分の歩幅で昇降を開始することができ、緩やかな角度で階段を上り始めることができた。そのため、足を上げる高さが低くなり、より効率的な足運びができていると考える(図8)。

5 実験1の踏面端部ライン 

6 試料階段ごとの各段における踏面から足までの最大高さ

図7 各段における踏面から足までの最大高さ 

図8  被験者が階段を上るときの足の軌跡

4. 実験

4.1. 実験概要

実験1では試料階段を上るときの足の動きに着目して実験を行った。しかし、実験1では踏面端部ラインの幅が足の動きに与える影響に有意差は見られなかった。階段における事故は下りの方が多く発生しているため、同条件でも下りでは足の動きに影響を与えていると考える。そこで、実験2では試料階段の種類が階段を下るときの足の動きに与える影響を検証した。実験は千葉大学自然科学棟2号棟812号室に、4個の試料階段を作成することで行った。被験者は健康な大学生5名(男性4名、女性1名)とした。被験者に、ポジショントラッカーを装着させ、試料階段を下りる際の足の動きを測定した。被験者には4つの試料階段を昇降させ、階段を下りる際の足の軌跡を調べた

4.2. 実験条件

試料階段は、実験1と同じ4つの試料階段を用いた。しかし、上るときと下りるときとで進行方向が異なるため、踏面端部ラインの見え方は図9のようになっていることに注意したい。被験者の足首にポジショントラッカーを取り付け、階段を下る際の足の動きの空間座標を0.05秒ごとに取得した。試料階段の踏面の照度はスマートフォンアプリ『LUX-01』で計測し、約100lxであった

4.3. 実験手順

まず、被験者に実験の概要を説明した。その後、被験者にポジショントラッカーを装着させ、正常に起動しているか確認した。その次に、ポジショントラッカーを歩行開始点、試料階段の各段の踏面端部ラインの中心に置き、座標を調整した。その後、①〜②の動作を行わせた。

①試料階段の最上段(4段目)で待機させる。

②合図とともに、試料階段を下らせる。

実験は①-②の手順を4種類の試料階段ごとに4回ずつ行い、計16回階段を昇降した。順番による影響を相殺するために、試料階段を上る順番はランダムとした。また、実験のデータを統制するために、被験者には利き足から試料階段を下りるよう指示し、歩行を開始させた。

図9 実験2の踏面端部ライン 

図10 試料階段ごとの各段における踏面から足までの最大高さ

4.4. 実験結果・考察

試料階段ごとの各段における踏面から足までの高さを算出し、その最大値を条件ごとに示した(図10)。さらに、Bonferroni法による多重比較検定を用いて、各段における踏面から足までの高さの最大値を比較した(図11)。その結果、4段目から2段目と2段目から地面の間に有意差が見られた。

4段目から2段目にかけては、試料階段の踏面端部ラインの幅が大きくなるほど、各段における踏面から足までの高さの最大値が大きくなる傾向が見られた。この理由として、被験者は踏面の白色部分に足を下ろそうとして、高く足を上げていたのではないかと想定する。踏面端部ラインの幅が大きくなると白色部分の面積は小さくなる。そのため、踏面の白色部分に足を下ろすためには、踏面のより手前の部分に着地する必要がある。階段で踏面の手前に足をつけるためには、足が段鼻に接触しないように高く上げ、下ろす角度を急な角度にしなければならないと考える。そのため、足を大きく上げていたのではないかと推測する(図12)。

中野らの研究6)から階段の下りはじめは段差の位置確認が必要であり、階段昇降で最も多く立ち止まって足元を確認していることが明らかになっている。被験者は試料階段を下ろうとした時に足元を注意深く確認するとともに、より安全に歩行を開始するために足を大きく上げながら階段を下りようとしたと推測できる。そのため、足元への注視割合は高いまま足を大きく上げていると考えられる。試料階段の種類に関わらず、3段目から地面にかけて、各段における踏面から足までの高さの最大値が小さくなる傾向が見られた。したがって、階段を下りていくにつれて、人は安全だと感じていると推測できる。

階段の下りはじめに足元を確認する必要があること、4段目から1段目で、試料階段1から2にかけて値が減少し、試料階段2から3にかけて値が増加している傾向が見られることから、実験1と同様に、各段における踏面から足までの高さの最大値が最も低くなる範囲は、階段の踏面端部ラインの幅が10mmから90mmの間にあり、階段昇降において、人が最も安全だと感じられる踏面端部ラインの幅が存在すると考えられる。また、実験1では3段目から4段目にかけて、最大値は大きくなった。実験2でも、4段目から3段目にかけて最大値は大きくなった。これらのことから、階段昇降において、最上段における踏面から足までの高さの最大値は大きくなると考えられる。

しかし、実験1、2ともに、試料階段の種類を要因として多重比較検定を行った結果、どの水準間でも有意な差は見られなかった。よって、安全性についての評価は一概には言えない。階段の昇降をする際の足の動きに影響を与える要因についてさらなる検証が必要である。

図7 各段における踏面から足までの最大高さ 

図8  被験者が階段を上るときの足の軌跡

5. まとめ

本研究では試料階段を用いた被験者実験によって、踏面端部ラインの幅の変化が昇降の際の足の動きに与える影響について検証した。試料階段を昇降する際の被験者の足先の座標のデータを取得し、分析を行った。分析の結果より、以下の2つのことが分かった。

しかし、本研究では踏面端部ラインの幅について有意な差が見られなかった。本実験で用いた試料階段では蹴上・踏面寸法、階段の素材の仕上げ、段鼻の形状、履物などの条件は検討しなかったが、これらの条件において、足の動きに影響を与えるのかを検証することが今後の課題である。

また、本実験では試料階段の踏面幅を280mmのとき、踏面端部ラインの最適な幅は45mmだとわかったが、踏面寸法の異なる階段でも45mmが最適だとは言えない。如何なる階段でもこの値が示されるか、また、踏面面積に対する比率が影響しているのかを踏面寸法の異なる試料階段を用いた実験で明らかにする必要がある。

参考文献

  1. 厚生労働省「人口動態調査」,平成26年-令和2年より
  2. 国土技術政策総合研究所 建物事故予防ナレッジベース
  3. 小野英哲,横山裕,三上貴正,楠本潤:段差表面の色、模様などから見た実在する段差の視認性の確認ならびに視界の広さ、照度の視認性の関係の考察, 日本建築学会構造系論文報告書,第443号, 1993年1月
  4. 大嶋辰夫,宇野英隆:使用者から見た安全な階段に関する研究, 日本建築学会計画系論文集、第521号159-165、1999年7月
  5. 鈴木康太,吉岡陽介:段差と曲がり角との間の距離が注視特性及び歩行特性に及ぼす影響, 日本建築学会技術報告集, 第26巻, 第62号, 2020年2月
  6. 中野泰志,新井哲也,小平英治,草野勉,大島研介:階段昇降の際に必要な視覚情報(1)-利用者はどの位置で何を見ているか-,日本心理学会大会発表論文集, 日本心理学会第71回大会 2007