交差点表示型サインが経路歩行時の注視行動に与える効果 

1. 研究背景

日常生活の中で人々を目的地へと導く手法には様々なものがある。その中でも矢印やアイコンなどのピクトグラムを用いたサイン体系による誘導は、駅構内などの公共空間でよく用いられ、多くの人に親しまれている手法である。また、ピクトグラムを用いたサインによる誘導は、多様化が進む現代社会において国籍や言語、文化などの多様なバックグラウンドを超えて情報を提供することができる。グローバル化が進む現代において、ピクトグラムサインが持つ効果に関する知見を得ることは必要不可欠であろう。

サインに関する研究はこれまで数多く行われてきた。サインシステムの評価に関して赤瀬1)は、サインを計画する目的を、計画対象である空間を利用者が総合的な評価として快適だと感じられるように図ることであると述べている。さらにサインシステムは4つの視座(標準化、連続性、簡潔性、可読性)によって評価されていると述べた。加えて池田ら2)は、駅員によって独自に作成された追設サインに着目し評価グリッド法を用いてインタビュー調査を行った。調査の結果、移動円滑性と質や恒久性によるサイン自体への信頼度によって評価されていることが示された。上記のようにサインの評価方法に関する研究は散見される。しかしその多くが利用者による主観的な評価によって結論を導いている。そこで、本研究では仮想空間技術を用いた被験者実験を行い定量的な分析を通してサインの効果を検証することにした。

またサインの効果に関して太田ら3)は、仮想空間において3種のサイン(吊り下げ型・壁型・路面型)の視認性を車椅子使用者・健常者視点の2つの視点から静止画像を撮影することで評価し設置条件についての考察を行った。結果からターミナル駅に相当する混雑が頻繁に生じる空間では吊り下げ型サインを主とした誘導体系を構築することが望ましいと述べている。大森ら4)は、鉄道駅周辺に路面誘導サインを設置しロービジョン者5名と晴眼者9名に対し歩行実験を行い、路面誘導サインの有効性、および両者の歩行特性の差異について明らかにした。結果、晴眼者は必要な情報を吊り下げ型サインで得た場合、路面誘導サインの発見率が低下する傾向が示唆された。

以上のようにサインの評価方法や効果に関する研究は蓄積され、現在のサインシステムを構築する際に反映されている。しかし、いまだに駅構内などの空間では迷ってしまうことは多い。理由として公共空間ではさまざまな目的を持った人が混じり合うため各々に対して誘導が必要であり、サインがあふれ、空間が煩雑化していることが挙げられる。これを防ぐには、ピクトグラムを用いて事前に経路に関する情報を歩行者に提供し、サインに対する注視時間を減少させることで注視の必要性の薄いサインを取り除き、サインの総数を最適化することが有効である。この操作によって歩行者がより快適に経路探索行動を行える空間を創出できる。そこで本研究では、目的地までの交差点の数をあらかじめ伝えることのできるサインシステム(交差点表示型サイン)を考案し、そのサインが歩行者の経路探索行動に与える効果を被験者実験によって検証することとした。

2. 研究目的

本研究では仮想空間技術を用いた被験者実験により、現在広く用いられている従来型サインと、新たに考案したゴールまでの交差点の数を事前に伝えることができる交差点表示型サインが、歩行者の注視行動へ与える効果の違いを検証した。サインに対する注視時間を用いた定量的な分析を通して快適な誘導を提供できるサインシステムの構築に役立つ知見を得ることを本研究の目的とする。

3. 実験

3.1. 実験概要

実験は千葉大学工学部10号棟215室にて行った。この部屋の大きさは5800 mm×7200 mmである。被験者は健康な20代の学生10名(男性4名、女性6名)である。被験者はHMD(HTC-VIVE ProEye/HTC社)を装着し、仮想空間上の連続する交差点にてコントローラー(HTC Vive Controller /HTC社)の操作の練習を行う。次に実際に計測を開始する。実験は従来型と交差点表示型の2種類のサインを用いて計12回の計測を行った。

ゴールまでの経路に関する情報を歩行者に与えることで歩行者の注視行動がどのように変化するのかを2種類のサインに対する注視時間を比較することで検証した。

3.2. 実験環境

仮想空間には連続する交差点を作成しそれぞれの交差点上にサインを提示した。実験では、被験者は最大3つのサインが提示される中ゴールを目指す。そこで被験者が1つ目の交差点にて最初に目にするサインを「1st_sign」と表記する。同様に、2つ目の交差点にて目にするサインを「2nd_sign」、3つ目の交差点におけるサインを「3rd_sign」と表記することとする(図1)擬似的歩行に関して、HMDに内蔵されたジャイロセンサおよび、実験室に配置した2基のポジショントラッキングセンサ(Base Station/Valve社)によって被験者の頭部角度を計測し、被験者の頭部が向いた方向に前進する。さらに操作に関して、コントローラーのトリガーを引くにつれ減速し最大まで引くと停止するよう構築し、前進時の最高速度は宗広ら5)の研究を参考に1.6 m/sとした。また、HMDは搭載されている眼球運動追尾デバイスによって被験者の眼球運動を逐一検出し歩行時の被験者の注視点を座標データとして0.1秒ごとに出力することができる。この座標がサイン及びその周辺上にある時間を注視時間として扱い分析対象とした(図2)。

3.3. 実験条件

本実験では2種類のピクトグラム(図3)を用いて作成したサインによる誘導を仮想空間において体験させる。サインの種類だけではなく、サインを見落としてしまう状況を想定し2nd_signが提示される場合とされない場合を条件とした。また、被験者がゴールの位置を覚えてしまわないよう、曲がる交差点の場所・ゴール直前の行動(3rd_signを見た後で直進しゴールへ向かうor左折しゴールへ向かう)でダミーを作成し、計12回の計測を行った。

3.4. 実験手順

初めに被験者に実験内容の教示を行う。その後HMDを装着させキャリブレーションを行い、視覚環境を整備する。次に練習空間にてコントローラー操作の練習及び疑似歩行を体験させる。その際、被験者のサインに対する習熟度を統一するため交差点表示型サインによる誘導を1回体験させた。その後、図4に示した実験条件ごとに計12回の試行を以下の1〜3の手順で繰り返した。

1. 試行におけるゴール表示を伝える

2. サインを頼りにゴールまで疑似歩行させる。

3. 次の空間へと切り替えを行う

その後被験者に対してアンケートを行い終了とする。分析はそれぞれのサインに対する注視時間、サインからの3mごとの距離帯別注視時間、注視点位置を対象とした。

図 1 サインの名称と実験空間

図 2 サインの当たり判定

図 3 従来型と交差点表示型 

図 4 実験条件

4. 結果と考察

4.1. それぞれのサインに対する注視時間

各交差点に設置したサインに対する被験者の注視時間を集計した(図5)。サインの種類(交差点表示型および従来型)を要因とした多重比較検定を行なったところ、3rd_signにおいて、交差点表示型サインと従来型サインとの間に、危険率10%で有意差が見出された(p=0.0624)。平均値では、交差点表示型が2.35、従来型が3.11である。このことから、3rd_sign(ゴール直前の交差点にあるサイン)に対する注視時間は、交差点表示型サインの方が従来型サインより短いといえる。結果から歩行者は経路探索に必要な情報を手に入れた後、サインに対する注視が減少すると言える。つまり歩行者の経路探索行動とはゴールと自身との位置関係を把握しようとすることであり、それがなされた後では手掛かりとなるサインに対する注視が減少すると考えた。また、アンケートから交差点型サインによる誘導は安心感があるという意見があった。したがって、交差点表示型サインを用いて事前に経路に関する情報を歩行者へ提供することで、歩行者曲がるまでのサインへの注意を減らし、安心感を持った誘導を提供できることが示唆された。

4.2. 距離帯別注視時間

各交差点の手前の経路を3m間隔で5つの領域に分け、それぞれの領域におけるサインへの注視時間を集計した(図6〜図8)。サインの種類(交差点表示型および従来型)を要因とした多重比較検定を行なったところ、図6〜図8に示すような有意差が確認された。初めに1st_signについて、交差点から6〜9m手前の領域では、交差点表示型サインの方が従来型サインに比べて注視時間が長いことが示された(p<0.001)。逆に、交差点から3〜6m手前の領域では、従来型サインの方が交差点表示型サインよりも注視時間が長いことが示された(p<0.001)。次に、2nd_signについては、6〜9m手前および3〜6m手前の領域において、従来型サインの方が交差点表示型サインよりも注視時間が長いことが示された(p=0.0115, p=0.0032)。3rd_signについても、3〜6m手前の両方の領域において、従来型サインの方が交差点表示型サインよりも注視時間が長いことが示された(p<0.001)。以上の結果を並べてみると、本研究で提案している交差点表示型サインでは、一つ目の交差点から6〜9m手前の領域では従来型より長い時間注視される傾向にあるが、それ以降は従来型よりも短い時間しか注視されなくなっているといえる。経路に関する情報をサインとして提供することで、見た目が複雑化し判読性は低下する。そのため1st_signにおける注視は従来型のサインを用いた場合の注視時間よりも長くなった。一方で、その後の注視行動はサインを注視する目的がサインの内容を理解することから歩行者自身がサインから得た理解との確認へと移行すると考えられる。そのため、一つ目の交差点から6〜9m以降の領域でサインに対する注視時間が減少したと考えられる。

図 5 それぞれのサインに対する注視時間

図 6 1st_signに対する区間帯別注視時間

図 7 2nd_signに対する区間帯別注視時間

図 8 3rd_signに対する区間帯別注視時間

4.3. 2nd_signが欠落した場合の3rd_signに対する注視時間の変化

2nd_signを提示した条件と提示しなかった条件で、歩行者の注視特性が変化するかどうかを検証するため、それぞれの条件における3rd_signへの注視時間を集計した(図9)。サインの有無を要因とした多重比較検定を行なったところ、交差点から9〜12m手前の領域において従来型サインに対する注視時間が、有意に変化していることが示された。2nd_signがない場合の方が、3rd_signに対する注視時間が短くなっていることを示している。「従来型サインで2nd_signが表示されない条件では行き先がわからないという不安感があった」という被験者の意見を踏まえると、2nd_signが表示されないという条件下では歩行者に心理的負担がかかり注視時間に影響を与えたと言える。つまり2nd_signが欠落したことがサイン自体に対する信頼の欠如へと繋がり、3rd_signへ注視が減少したと考えられる。また不安感について、ゴールまでの誘導が一時的に消失したためにもたらされたと考えた。従来型サインではサインが提示されている交差点における歩行者の行動のみを提示するため、連続的にそれぞれの交差点に対してサインが提示されることが重要であり、それが満たされない場合では歩行者に対いて不安を与えてしまうことが示唆された。一方で交差点表示型サインに対する注視時間は2nd_signの有無によって大きく変化することはなかった。安心感を持って進むことができたという意見から、歩行者に心理的影響を与えずに誘導をすることができたと考えられる。上記のことから歩行者の心理状況とサインに対する注視は関係があると考えられる。

4.4. ゴール確認行動とアンケート調査

アンケートから「交差点表示型サインを見た後、サインにから読み取ったゴールに関する情報を目で見て照らし合わせるために反射的に曲がるべき交差点を見た」という意見があった。そこで1st_signが表示される15mの間に行われる3つ目の交差点に対する注視の合計時間を集計した。交差点に対する注視は左後方5m四方の部分とする。 累計注視時間について交差点表示型サインの方が長くなるという仮説をたて、サインの種類を要因としたt検定を行なった。有意水準はp<0.05とした。検定の結果、統計的有意差は認められなかった(t= 0.186)ここで分散分析の結果をグラフに示す。(図10)交差点表示型の条件においては交差点表示型サインの累計注視時間は従来型の2倍の時間なされている。事前に経路に関する情報を得ることができる交差点表示型の累計注視時間が長くなった理由として、前述のように歩行者の経路探索行動とはゴールと自身との位置関係を把握しようとすることであり、事前にゴールまでの経路に関する詳しい情報を与えると瞬時にそれに対する理解と視覚的情報を照らし合わせるための注視行動をとる傾向があると考えた。また、この行動によって自身とゴールとの位置関係を把握し安心感を得ているといえる。 

図 9 2nd_signの有無と3rd_signへの注視時間

図 10 ゴール前交差点に対する累計注視時間

5. まとめ

本研究では目的地までの交差点の数をあらかじめ伝えることのできるサインシステムを考案し、そのサインが歩行者の経路探索行動に与える効果を被験者実験によって検証した。得られた結果を以下にまとめる

参考文献

  1. 赤瀬達三:サインシステム計画学 公共空間と記号の体系,鹿島出版会,第1刷発行,p.202,2013.
  2. 池田佳樹,辻村壮平,佐野友紀,安江仁孝,今西美音子,平手小太郎:駅空間におけるサインの評価構造に関する研究-追設サインに着目した駅利用者への情報提供手法に関する検討-,日本建築学会計画系論文集,Vol.82,No.741,pp.2799-2806,2017.
  3. 太田耕介,江森央,佐田達典:旅客通路に設置される誘導サインの視認性評価による設置条件に関する研究,日本福祉のまちづくり学会 福祉のまちづくり研究,Vol.22(paper),pp.35-46,2021.
  4. 大森清博,柳原崇男,北川博己,池田典弘:ロービジョン者と晴眼者に対する路面誘導サインの効果の検証,土木学会論文集(土木建築学),Vol.70,No.5,(土木建築学研究・論文,Vol.30),pp.961-969,2014.
  5. 宗広裕司,大蔵泉:鉄道ターミナル空間における錯綜の分析とサービス水準の考察,都市計画論文集,Vol30,pp.619-624,1995.