杉山 拓哉

アプローチ空間の形状と吹き抜け空間の天井高の感覚量との関係

本研究では、没入型仮想環境を用いた被験者実験を行い、その実験結果を定量的に分析することによって、アプローチの空間形状と吹き抜け空間の天井高の感覚量との関係を検証する。吹き抜け空間にいたるアプローチの空間形状として「直進」「上る」「下りる」「くぐる」「曲がる」の形状を設定し、それぞれの形状のアプローチを通り抜けることが、吹き抜け空間の天井に対する高さ感に与える影響を検証する。

またアプローチを歩行している際の被験者の注視特性の分析を行うことで、アプローチの空間形状が視覚的な情報探索にどのような影響を与えているのかを検証する。これらの検証によって、吹き抜け空間の天井高を効果的に演出するための知見を導出することを本研究の目的とする。

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吹き抜けは、規模や用途を問わず、様々な建築の内部空間の「顔」 として重用される。吹き抜けがもたらす心理的な開放感が、その建 築での空間体験をより印象的なものにすると期待されるからである。 吹き抜けのある空間に入ると、前後の天井高の変化から、頭上が 開放された感覚が生じる。この頭上方向の開放感の強さは、おもに 吹き抜け空間の天井の高さによって生起され、かつ規定される。確かに、前後の天井高の変化が吹き抜けにおける開放感を決定づける 大きな要因であることは間違いないが、しかしこれに加えて、吹き 抜け空間に至るまでに通るアプローチの形状によっても、この開放 感の強さは制御できるのではないかと考える。

すなわち、同じ天井高のアプローチを通って、同じ天井高の吹き 抜けに出たとしても、アプローチが上り坂だった場合と下り坂だっ た場合では、吹き抜けでの開放感の強さは異なると考えられる。 水澤ら 1)は、縮尺 1/4の模型を用いた実験によって、天井高の差 と頭上の開放感との関係性を明らかにした。積田らは、実際の吹 き抜け空間を対象にした実験を行い、空間の構成やテクスチャー・ 光などの内部環境と、空間認知の特性との関係を分析した。込山ら は寸法の可変が可能な実大空間での実験を行い、天井高の認知構造、室空間の容積と印象評価について基礎的な知見を得た。また、 羽生、Okabe、Stefanucciらは視覚的な空間体験と距離認知との 関係を分析し、階段などの歩行経路の特性と認知距離との間に定性 的な相関があることを明らかにした。 このように、視覚情報が天井高などの空間の感覚量に与える影響 を調査した先行研究は数多くある。しかし、接続されたアプローチ の空間形状と吹き抜け空間の高さ方向の開放感(天井高の感覚量) との関係を明らかにしようとした研究はこれまでになかった。

建築は分節された「空間」の集合体である。分節されたそれらの 「空間」がシークエンスというネットワークを形成することで、奥 行きをもった建築がはじめて生まれる。シークエンスとは、「視点が 移動することで徐々に変化していく景色の連続」のことであり、建 築的な空間体験を説明する重要な概念である。

シークエンスに関する研究は幅広い論点から行われている。貝島らは、現代建築におけるシークエンスの類型化を行い、その構成 が、機能と合理性を超えた現代建築の意匠表現を成立させていると した。宮宇地らは、ショッピングモールでの分析を通じて、壁 や天井など身体移動と視線を遮る空間要素がシークエンスの評価に 影響を及ぼすことを明らかにした。空間は壁や床、天井などの要素 によって構築される。シークエンスとは、こうした空間を構成する 様々な要素を連続的に横断的に体験することであり、その連続と横 断を魅力的なものにする設計が現代建築には求められる。空間を構 成する諸要素がどのように連関しながら空間の感じ方に影響を与え ているのかを検証し、シークエンスを考慮した空間設計の知見とし て整備することが重要であると考える。

また、材野らは、シークエンス(景観)は「開放度」と「イン パクト度」によって記述できるとした。宮岸らも、寺院庭園のシークエンスを分析し、「開閉度」の変化が視覚的行動に影響を与える ことを明らかにした。益岡らは各種の生理計測を用い、シークエ ンスに対する「開放感」が増加すると視覚行動量が増加し、「開放感」 が減少すると歩行時間と前頭部の電位が減少することを明らかにし た。三ツ木らは、心理的分析により、経路探索時の心理変化をシ ークエンスとしてとらえ「不安度」を指標として定量化した。

特に材野、宮岸、益岡の研究では、「開放度(開閉度・開放感)」 がシークエンスを分析する際の重要な指標であるしている。そして、 一連のシークエンスの中に開放感のある部分が挿入されることによ って、シークエンス全体の評価が変化することを実験的に明らかに している。しかしながらその逆、ある空間に至るまでのシークエンシャルな体験がある空間での開放感に与える影響について、定量的 な検証を行った事例はこれまでになかった。そこで本研究では、吹 き抜け空間に至るまでのシークエンシャルな体験が吹き抜け空間で の高さ方向の開放感(天井高の感覚量)に与える影響について検証 を行うこととした。

研究成果

  • 杉山拓哉, 吉岡陽介: アプローチ空間の形状と吹き抜け空間の天井高の感覚量との関係, 日本建築学会計画系論文集 第86巻 第782号, 1224-1232,2021年4月

  • Takuya Sugiyama, Yohsuke Yoshioka: Openness Feeling on Height Direction in High Ceiling Room and Bending Pattern of Leading Passage, Advances in Intelligent Systems and Computing 955 446 - 451 2019年

  • 杉山 拓哉, 吉岡 陽介: 吹き抜けに接続したアプローチ空間の形状と吹き抜けにおける開放感との関係, 日本建築学会大会(2019)

  • 杉山 拓哉, 吉岡 陽介:アプローチ空間での身体の運動と吹き抜けの開放感の関係, 日本建築学会大会 (2018) 優秀学生発表賞

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