朱雀 絢音

未知の街路と既知の街路における注視特性の比較

街を歩行する際に、その街への認知状態によって街の見え方は変化するのではないだろうか。過去に体験した空間と、いま体験している空間が同じ場所であると認識することを「空間同定」という。人間はある街路を歩行する際には方向感覚や距離感覚などの各種の感覚を駆使することで都市空間および建築空間から得られるさまざまな情報をその内面において再統合しており、それらとの照合によって街路の区間同定と非同定を滑らかに繰り返し、その作業によって正確で迅速な歩行行動が実現されている。本研究では街路を空間同定するプロセスにおける注視特性の変化を、没入型仮想環境技術を用いた2つの被験者実験を行うことで検証した。未知の街路と既知の街路ではそこで展開される情報探索的な注視行動の特性に違いがあることは自明であるが、空間同定に至るプロセスにおける注視特性の変化の微細を明らかにすることで人間の空間認知のメカニズムの一端を明らかにすることができると考えた。

実験1においては建築物の庇の形状、屋根の形状に変化を与えた街路空間を設定し、未知の街路と既知の街路における歩行者の頭部運動と注視特性を計測する被験者実験を行なった。各被験者の頭部回転角と注視角の振れ幅の度合いを標準偏差としてデータを抽出したところ、未知の街路での歩行より、既知の街路での歩行の方がより周囲を見渡す傾向があることがわかった。未知の街路を歩行する状態の時は、記憶のために目印を限定的に注視しており、既知の街路で歩行する状態の時は、目印を探すことよりも、周囲をより確認し、記憶にある街路空間と一致する点が他にあるか、確認を詳細に行うフェーズに入ったのではないかと考察した。

実験2では、仮想空間において被験者に短い街路を記憶させた上で、その短い街路空間を含めた直線の長い街路空間を被験者に体験させることで行う。未知の街路を歩行する際に、既知の街路ではないかという疑いを持った段階があり、疑いの段階から既知の街路であると確信する、歩行者の認知が変化する間に注視特性も変化するのではないかという仮説のもと、歩行者の頭部運動と注視特性を計測する被験者実験を行なった。既知の街路であると疑い始め、その後既知の街路であると確信するプロセスで、より周囲を見渡すようになる傾向があることがわかった。歩行者の認識が疑いの状態から確信に変化する中で、受容する視覚情報を限定せずより多くの視覚情報を取り入れられるようになったと考察した。また、建築物の庇の形状に変化を与えた街路空間より屋根の形状に変化を与えた街路空間の方がより周囲を見渡していることがわかった。庇は左右の建築物から街路に突き出す形態であるため、左右ともに特徴として認識しやすいが、屋根は、被験者が仮想空間内で左の歩道を歩く設定のため、右の屋根は視認しやすい一方で左の建築物の屋根は上を見上げる必要があり視認しにくいことが影響していると考察した。

解説動画:未知の街路と既知の街路における注視特性の比較