昇高 弘典

室内照明による被接近者の顔の見え方の変化とパーソナルスペース

対人コミュニケーションにおける非言語行動の一種であるパーソナルスペース(以下PS)に着目し、室内天井照明のレベル操作および配置操作による被接近者の顔の見え方の変化が接近時の前面方向PSに及ぼす影響について検証した。PSの拡大縮小を定量的に分析することで、対人コミュニケーションの円滑化に向けた照明計画の知見を得ることを目的とする。

わが国では、人口減少・少子高齢化の急速な進展のなかで地球の持続可能な発展のために知的生産性の向上が必須の課題である。村上は、コミュニケーションが活発で知的刺激に満ちたオフィスが知的生産性に優れた空間の計画の手がかりとなることも示唆している。特にホワイトカラーの知的生産性の向上の評価について、間接的な指標としてコミュニケーションの頻度や質を用いた研究が進められている。田渕らは、執務者同士のコミュニケーションを支える環境性能として、光・視環境、空間環境、ICT環境との因果関係を指摘している。特に光・視環境を大きく左右する室内照明は、在室者に視覚情報を提供するだけでなく、在室者の心理や行動に強い影響を与えることが明らかにされてきた。小林は、室内照明が他者の視認性に関わる要因であり、会話の際に重視されるお互いの顔の見え方や視線の交差に強い影響を与えることを指摘し、不均一照明下の室内において女性会話者は照明の変化に応じて相手との向きを調整しようとし、男性会話者は対人距離を調整しようとする傾向にあることを明らかにした。しかし室内照明が在室者同士の対人コミュニケーションに与える影響についての研究例は未だ多くなく、その実態が充分に明らかにされているとは言えない。またこれらの先行研究では、特定の実験室において外部からの光を遮断することで照明条件を統制した被験者実験が見られる。しかし室内の光・視環境は照明のみならず空間形状や内装仕様などの複数の要因に左右されることから、特定の物理的環境条件下で得られた知見のみでは照明計画のための汎用的な知見とは言い難い。

そこで本研究では、図面や模型と比べて3次元的なイメージを行いやすい空間表現の手段として設計・計画段階においてさらなる利活用が求められている仮想環境技術を用いて、室内照明が在室者の対人行動に与える影響を明らかにすることによって、様々な室内状況においてより適切な照明計画が実現されていくものと考える。

一連の実験で得られた重要な結果を以下に示す。1)VR技術で再現した仮想室内空間において、視対象とする被接近者顔面の鉛直面照度が天井照明の輝度操作により50~750lx前後で変化するとき、接近時のPSは対数的な拡大縮小の変化傾向を示す。2)天井照明により被接近者の顔周辺が比較的低照度である場合や被接近者の頭上から後方に配置された天井照明により被接近者の顔と背景の壁面とのコントラストが強くなる場合には、被接近者との性差を問わず接近時のPSが比較的広くなる。一方で被接近者の頭上からわずかに前方に配置された天井照明により顔のパーツが強調された場合には、異性の被接近者に対するPSが同性の被接近者に対するPSよりも広くなる。

本研究ではVR技術を用いた仮想環境上の室内空間において、天井照明のレベル操作および配置操作による被接近者の顔の見え方の変化がPSに及ぼす影響について検証し、一部の光・視環境条件でその影響が確認された。ただしPSに関する先行研究から、被接近距離(特定の人物が被験者に近づいて来るときのPS)の検証、およびPSの異方的構造11)に関する検証の必要性が残されている。VR技術の発展および3DCGの情報処理技術の発展により、これらの検証が可能となることを期待したい。

村上周三: 知的生産性研究の展望, 空気調和・衛生工学, pp.3–8, 2007.|沼中秀一, 高橋祐樹, 天野健太郎, 加藤信介, 高橋幹雄, 菊池卓郎: 知的生産性向上を目指した執務空間におけるコミュニケーションおよび環境要素に関する実態調査, 日本建築学会, Vol.80,No.713, pp.609–619, 2015.|田渕誠一, 平岡雅哉, 杉浦敏浩, 佐久間哲哉, 宗方淳, 川瀬貴晴: 知的生産性研究 : その2 建築空間と環境設備計画に関する研究, 日本建築学会大会学術講演梗概集, No.41499, pp.1025–1026, 2009.|小林茂雄, 吉崎圭介: 室内不均一照明家での会話者の位置選択に関する研究, 日本建築学会計画系論文集, No.562, pp.83–88, 2002.

解説動画:室内照明による被接近者の顔の見え方の変化とパーソナルスペース 10min

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