屋外ベンチの配置とその周辺環境が着座者の行為に与える影響
1. 研究背景
日常生活の中のさまざまな場面で、人々は腰を掛ける。階段や段差など人が着座することを本来の用途としていない物の上に腰を掛ける場合もあるが、多くの場合、あらかじめ着座することを用途として設計された物に腰を掛ける。その代表的な存在がベンチである。
ベンチで着座している際の快適さや活動のしやすさに影響を与える要因は多くあるが、その要因の一つが「ベンチ同士の配置関係」や「ベンチの周辺環境」である。着座者の座る目的や着座中の行動が限定されているベンチにおいては、着座者の一連の行動が予測しやすいため着座者が活動しやすいようなベンチ配置とその周辺環境を考案しやすい。例えば病院の待合室に設置されているベンチはそれに該当し、小松ら¹⁾は病院待合室を対象として長椅子の配置形態が待ち時間の行動に与える影響の研究を行った。その一方で着座者の座る目的や着座中の行動が限定されていないベンチにおいてはそうではない。ベンチで多種多様な人が快適な時間を過ごしてもらう上で重要なことの1つとしては、上記の2つの要因を考慮してベンチを設置することが重要であるといえる。例えば街路に設置されているベンチはそれに該当し、小林ら²⁾は街路におけるベンチの向きが着座者の行為に与える影響の研究を行った。そのようなベンチに該当するものとして他にも、大学キャンパス内のベンチが該当する。
大学キャンパスそのものに関する既往研究は存在し、例えば井上³⁾は、講義外の時間における大学キャンパスの施設利用状況に関する研究を行った。他にも矢澤ら⁴⁾は、大学キャンパス周辺にある大学所有の施設の学外展開に関する研究を行った。しかし、大学キャンパス内の屋外ベンチに関する研究は見当たらなかった。そこで本研究では、大学キャンパス内の屋外ベンチの配置と周辺環境が着座者に与える効果を検証することとした。
2. 研究目的
本研究では、千葉大学の西千葉キャンパス内にある屋外ベンチの配置とその周辺環境が着座者の行為に与える影響を、動画撮影調査とアンケート調査を行うことで検証した。2つの調査の定量的な分析をとおして、大学キャンパスをより学生にとって活動しやすくなる空間にする際に、役立つ知見を得ることを本研究の目的とする。
3. 動画撮影調査
3.1 調査対象となるベンチ
千葉大学の西千葉キャンパス内にある複数の屋外ベンチの中から、「かたらいの森」にあるベンチを調査対象として選定した。複数の同一意匠のベンチが平面的に広がりをもって配置されており、周辺には樹木が植えられている。また、ベンチのある一帯の北側には大学附属図書館、南西には正門、北西には食堂や売店などのある大学会館や総合学生支援センターが位置しており、付近には常に多くの人々が往来している。この屋外ベンチを調査対象とすることで、学部・学年関係無く多くの人々が使用しやすいベンチに関する知見を導出できると考えた。
調査対象ベンチの図と写真を図1に示す。図1のように、調査対象ベンチ全体に属する各ベンチを西側から順番に①~⑯と名称して調査を行うこととした。
3.2. 動画撮影調査を行った際の条件
カメラを用いた動画撮影調査を行った。動画撮影調査においてはCanonのIXY650(デジタルカメラ)を使用した。調査対象ベンチから南側に15mほど離れた位置から撮影を行う。三脚を用いて、高さ1500㎜程の位置にデジタルカメラを設置し、調査対象ベンチ全体を撮影した。また調査は2022年の4月28日(木)、5月10日(火)、5月9日(木)、6月2日(木)の4日間行い、いずれの日程も大学の昼休みの時間である12:10~12:50に行った。
図1 調査対象ベンチの平面図と写真
3.3. 動画撮影調査の結果
ベンチ番号ごとで使用された時間に差が生じた。図2はベンチ番号ごとの、4回の動画撮影調査内の時間、延べ160分のうちの使用された時間を示している。①ベンチ、③ベンチ、⑤ベンチ、⑧ベンチ、⑨ベンチ、⑫ベンチは160分中100分以上使用された。特に①ベンチ、③ベンチ、⑤ベンチ、⑨ベンチは各日ともに動画撮影調査時間内のほとんどの時間で使用されている。また、ある使用者がベンチから離れるとすぐに他の使用者がそのベンチに座る傾向があった。逆に④ベンチ、⑥ベンチ、⑦ベンチ、⑩ベンチ、⑪ベンチは、使用された時間が短い。全体的に、幅が長い大きめのベンチの方が使用されているが、⑫ベンチと⑧ベンチ、⑯ベンチは幅が短い小さめのベンチだが使用された時間が長い。
また4回の動画撮影調査において確認された、ベンチ番号ごとの延べ使用者人数を示したのが図3である。図3から分かるように、①ベンチ、③ベンチ、⑤ベンチのように横に長いベンチは短いベンチよりも当然延べ使用者人数も多くなっている。しかし、⑫ベンチは横の幅が短いが延べ使用者人数が多くなっている。他のベンチよりも2人組で着座している使用者が多いからである。⑯ベンチも⑫ベンチほどではないが延べ使用者人数が7人と、少なくはない。
また動画撮影調査を行った結果、ベンチ番号ごとで使用者の構成人数に特徴があると見てとれた。ベンチ番号ごとに使用者の構成人数を調べると、1人でベンチを使用した人は①ベンチ、②ベンチ、③ベンチ、⑯ベンチを使用している人が多いことが分かった。また2人組のベンチ使用者グループは、①ベンチ、⑤ベンチ、⑫ベンチを多く使っていることが分かった。また3人組のベンチ使用者グループは⑤ベンチを多く使っていることが分かった。⑤ベンチと、周辺の横の長さが短いベンチを併用して座る使用者が多かった。また4人以上の構成人数から成る使用者グループは、⑤ベンチ周辺の④ベンチ~⑩ベンチ、⑫ベンチ周辺の⑪ベンチ~⑬ベンチを使用する使用者グループが多かった。この場合も、複数のベンチを併用して使っている人が多かった。このように、ベンチ使用者の構成人数という要因が、どのベンチに着座するか考える際に影響を与えている可能性がある。
3.4 動画撮影調査の結果から推定される仮説
まず①ベンチ、②ベンチ、③ベンチのような、1人で着座する際に使われやすいと考えられるベンチに関して記述する。これらのベンチは図4の青枠内の点線のように、L字型が繋がったような配置になっており、ベンチ同士が並列関係になっていない。それが理由で1人の使用者が多いと考えられる。また図4の右下の⑭ベンチ、⑮ベンチ、⑯ベンチも同様のベンチ配置になっており、①ベンチ、②ベンチ、③ベンチほど1人の使用者が多いわけではないが⑯ベンチは1人の使用者が多かった。
次に⑤ベンチ周辺及び⑫ベンチ付近のような、複数人で着座する際に使われやすいと考えられるベンチに関して記述する。これらのベンチ付近は図4の赤枠のように、1つのベンチに隣接している他ベンチの数が複数あり、コの字型配置のようなベンチ関係になっている。それが理由で複数人のグループから成る使用者が、複数のベンチを併用することで着座する傾向があると考えられる。
図2 ベンチ番号ごとの延べ使用時間
図3 ベンチ番号ごとの延べ使用者人数
図4 構成人数の違いによる座りやすいベンチ(仮説)
4. アンケート調査
4.1. アンケート調査の概要
仮設を検証するため、図5の質問用紙を用いてアンケート調査を行った。調査対象ベンチがある現場で行い、実際にベンチを使用している着座者100人に行った。調査は2022年の10月中旬から11月前半の平日、時間帯は11:30~15:30頃に行い、11日間行った。アンケート回答者の構成は、年代別で見ると10代が29人、20代が57人、30代が3人、40代が6人、50代が1人、60代が2人、70代が2人であり、回答者の多くが学生であった。性別で見ると、男性が60人、女性が40人、その他が0人であった。
図5 アンケート用紙(表面)
図5 アンケート用紙(裏面)
4.2. アンケート調査の結果
主要質問2つの結果を記載する。質問7(図5の下枠の上側の質問)の回答結果が図6である。⑨ベンチの回答者が最多で17人で、そのうち15人は調査対象ベンチ全体に背を向ける向きで回答した。次に多いのは①ベンチと③ベンチで回答者はともに12人であった。また、④ベンチ、⑥ベンチ、⑦ベンチ、⑧ベンチ、⑩ベンチのような、複数人のグループから成る使用者が多く使うと仮説したベンチに、1人で着座する人はかなり少ない。
質問8(図5の下枠の下側の質問)の回答結果を記す。仮説通り回答者の半分以上がコの字型配置のベンチ組み合わせを回答した。最多の組合せが④⑤⑦ベンチ(図7の青枠)で回答者が25人、次いで⑪⑫⑬ベンチ(紫枠)が15人、⑧⑨⑩ベンチ(黄枠)が13人、⑤⑥⑧ベンチ(緑枠)が13人であった。これら以外の回答者の内、半分が①②ベンチのようなL字型となる組み合わせで回答した。
また質問7と質問4・質問5の回答結果をクロス集計した。質問4の「周囲の利用者との距離」・「周囲の利用者との視線」・質問5の各質問で、「気にした」「少し気にした」と回答した人が,質問7のベンチ番号ごとの回答者数のうち何%なのかを示す値を定めた。それらの値を順に、距離考慮割合・視線考慮割合・他者意識割合と名付けた。値が高いほど、質問7でそのベンチ番号を選択した回答者たちは着座する際に周囲の人との距離・視線を気にしている傾向がある。図8に質問7で回答されたベンチ番号ごとの、3つの値の推移を示す。
図8より、距離考慮割合は①ベンチ、⑨ベンチ、⑯ベンチが他のベンチよりも値が高い。視線考慮割合は、⑨ベンチが64%と高く、次いで⑮ベンチ、①ベンチ、②ベンチが高くなっている。それ以外は10%台、20%代と低い。他者意識割合は、どのベンチも低く、10%代のベンチが多い。しかし①ベンチは41%と高くなっている。
図6 1人での選好ベンチと着座方向
図7 複数人で着座する際のベンチ組合せ
5. 考察
5.1 1人で着座する際に選考されるベンチの特性
まず1人でベンチに着座する際にどのベンチに座るのかについては、着座者が何を気にするのかが関わっていると考えられる。図8より、着座する際に周囲の利用者との距離を気にする人では、①ベンチ、⑨ベンチ、③ベンチ、⑯ベンチのいずれかに座ると回答した割合が高い。⑨ベンチや⑯ベンチは、ベンチ群の端に位置するベンチであり、周囲の利用者との距離を気にする人はそうしたベンチを選好して着座する傾向があるといえる。
一方、着座する際に周囲の視線を気にする人では、⑨ベンチに座ると回答した割合が最も高く、それに次いで⑮ベンチ、①ベンチ、②ベンチのL字型繋がりの配置への回答割合が高い。また、それらのベンチにおける着座方向を見ると、周囲の利用者や動線に背を向けて着座する傾向がある。つまり周囲からの視線を気にする人は、一人で着座する際には、⑨ベンチのような端にあるベンチに、周囲に対して背を向けて着座する傾向がある。
また質問4の回答結果より、着座する際は周囲の利用者の視線よりも、周囲の利用者との距離を気にする傾向があることが分かった。そのためベンチ利用者全体で考えると上記の、着座する際に周囲の利用者との距離を気にする人が一人で着座する際のベンチの特徴である「①ベンチ、⑨ベンチ、⑯ベンチのような、ベンチ群の中の端に位置するベンチ」がニーズが高いと考えられる。また、⑨ベンチのようなベンチ群の端に位置し、なおかつ周囲の人全般に背を向けられるベンチが特にニーズが高いと考えられる。
5.2 複数人で着座する際に選考されるベンチの特性
次に複数人のグループ(5人組)で着座しやすいベンチの仮説の結果において記述する。仮説通り、様々なパターンの着座配置が可能な場所で、5人組で着座する際、多くの人はコの字型配置のベンチに座ることが分かった。また5人組の時にコの字型配置に座らない人はL字型配置のベンチに座り、その割合はコの字型配置に座る人の3分の1ほどである。
また④ベンチ、⑥ベンチ、⑦ベンチ、⑧ベンチ、⑩ベンチのような、コの字型配置の一部分となるベンチに、1人で着座する人はかなり少ないことが分かった。このことから、1人で着座する際のベンチと複数人で着座する際のベンチは、傾向が異なることが分かる。
図8 ベンチ番号における選択理由の推移
5. まとめ
まとめると、調査対象ベンチのような複数のベンチから成るベンチ群を大学キャンパス内に設置する際は、一人での着座を想定する場合は以下の(A)、(B)、(C)のベンチ、複数人での着座を想定する場合はコの字型配置となるようにベンチを設置すると、着座者にとって快適な環境になると考えられる。
A) ベンチが集合している中の、端に位置するベンチ
B) 周囲の人全般に背を向けて着座できるベンチ
C) L字型が繋がったような配置になっており、ベンチ同士が並列関係になっていないベンチ
参考文献
- 小松尚,柳沢忠,加藤彰一,谷口元. 病院待合座席配置の利用者に対する有効性に関する研究. 日本建築学会計画系論文報告集,No.449,pp.39-46,1993
- 小林茂雄,勝又亮. 街路におけるベンチの向きが着座者の行為に与える影響. 日本建築学会計画系論文集,No.621, pp69-75,2007
- 井上誠. 大学キャンパスにおける学生の日常生活に関する研究. 福山大学工学部紀要,Vol.29,pp233~240.
- 矢澤知英,後藤春彦,李彰浩.大学施設の学外展開と今後の大学まちの整備に関する研究-早稲田大学西早稲田キャンパス周辺地域の大学施設を事例として-.日本建築学会計画系論文集,No.574,pp91-97.2003