鈴木 康太

下肢及び障害物に関する視覚情報の制限が障害物の跨ぎ動作に及ぼす影響

本研究では、仮想環境技術と視線追尾技術を併用することによって、特定のタイミングにおいて特定の視覚情報だけを選択的に制限することができる実験システムを作成し、被験者実験を行った。障害物を跨ぐ数歩手前において、Extero-InfoとExpro-Infoのどちらかを制限し、その状態での歩行特性および注視特性の変化を実験データとして取得する。実験データの定量的分析によって、障害物を跨ぐ動作においてExtero-InfoとExpro-Infoのそれぞれの視覚情報がどのタイミングで活用されているのかを検証した。環境の中のどの視覚情報がどのタイミングで、歩行行動の安定化に活用されているのかを明らかにすることで、安全な歩行経路を計画するための基礎的知見を得ることを本研究の目的とする。

歩行行動を安全に遂行するためには環境中の視覚情報を適切に活用する必要がある。歩行中の視覚特性に関する研究はこれまで人間工学分野において数多く行われてきた。Patlaらの先駆的研究では、歩行時に活用される視覚情報を外受容的視覚情報(Visual Exteroceptive Information、以下Extero-Infoと称する。)と外固有受容的視覚情報(Visual Exproprioceptive Information、以下Expro-Infoと称する。)に分類し、障害物を跨ぐ動作におけるそれぞれの視覚情報の役割を分析している。この研究によって、Extero-Infoはフィードフォワード的に数歩先の歩幅を調整するのに使用されており、Expro-Infoはオンライン的に障害物回避時の下肢軌道の微調整に使用されていることが示唆された。しかし、Patlaらの研究では、照明の点滅操作や下半視野を制限するだけのゴーグルを用いて視覚情報の制限を行っていたため、検証対象であるExpro-InfoやExtero-Infoのみを選択的に制限することができていなかった。そのため必然的に、Expro-InfoとExtero-Infoの双方が、どのタイミングで活用されて歩行行動に影響を与えているのかについて正確に言及することはできていなかった。

近年発達してきた視線追尾技術と仮想環境技術を併用することでこうした課題を技術的に解消し、より精緻な検証を加えることができると考える。1980年代に登場した頭部搭載型の視線追尾デバイスは、動的な状況下での視線解析を可能とし人間の注視特性に関する研究を飛躍的に発展させた。現在、デバイスはさらに小型化・高精度化し、VRヘッドセットに組み込むことで仮想環境内での視線追尾ができるまでになっている。この技術を用いれば、実験中の任意のタイミングでExtero-Info「だけ」を選択的に消失させることができる。この状態での歩行特性の変化を解析することで、Extero-Infoが(そのタイミングにおいて)本来どのような役割を担っていたのかが検証できる。この二つのデバイスを併用することで、経路上の障害物に対するアプローチ段階での歩行特性や、障害物を跨ぐ動作の行動特性とその際に活用される視野範囲3)など、歩行中の行動特性・視覚特性に関する多くの研究が行われ始めている。

Patla, A. E.: How Is Human Gait Controlled by Vision?, Ecological Psychology, Vol.10,No.3–4, pp.287–302, 1998.

解説動画:外受容的視覚情報とまたぎ動作 鈴木康太 6min

研究成果

19WM3115鈴木康太.pdf